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長編小説
増えていく記憶


 全く見たことのない、おそらく食べ物なんだろうけど
今までこんな温かそうなものがテーブルに並ぶことなんてなかったもんだから、どうやって食べればいいのかわからなくて戸惑ってしまう。

「食べないのか?」
「…これ、どこから食べるんだ?」

 いつも食べているのは川で釣った魚をそのまま焼いたものだった。でも今テーブルにあるのは魚の形なんてしてない
色のついたお湯の中に赤いものや緑色の葉っぱ、色々なものが入っている。
 覇王は急いで作った新しい椅子に座って溜息を吐きながら、お前は今まで何を食べていたんだ。と呆れたような顔を向けてきた

「魚焼いただけでも結構うまいぜ
本当は米があればもっといいんだけどな…」
「ここにはないのか?」
「いつもはちゃんと米が届くんだけどさ、忘れてるのか最近はあんまり届けてもらえないんだ」
「そうか」

 覇王の見よう見真似でお湯を食べてみるとなんだか不思議な味がした。ただのお湯じゃなくて色々な味がする

「うまいっ
覇王はすごいな」
「しかしお前は米が好きなのだろう?」
「米も好きだけど、このお湯もうまくて大好きだぜ!」
「………そうか。」

 外はもう真っ暗で、前までならすぐに寝てたのに
もう少しだけ覇王と起きていたいと思う。体はもう眠たくて仕方ないんだけど、あと少しだけ
そう思いながら本を読んでいる覇王を見つめる

「今度は、何の本……読んでるんだ…?」
「この家に置いてあった物だ。架空の人物や生き物の話だが、あまり面白くはなさそうだな」
「覇王は…どんな、本が………すき、なんだ…?」
「ルース、もう寝るぞ」
「やだ。……まだおきてる…」
「座ったまま寝そうだというのに何を言っている」
「…だって、あした………はおういなくなる、かも……しれない………」
「まだその日は遠い」
「………でも、」
「…昨日少し小さいが図書館のような建物があった。
今は使われていない様だが本はまだある。明日そこに行こう」
「ふたりで?」
「ああ、その時にルースにも少し本を読ませてやる」
「…むずかしいのはきらいだぜ」

 腕を引かれてベッドに連れていかれる。蝋燭の火が消えて部屋は一気に暗くなった
覇王とくっついてるとすぐに眠ってしまう。覇王はあったかい


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 冷たくなった。
名前を呼んでも動かないままだ
なんで?どうしてこんな

『掟だもの。闇の覇者になってしまう前に始末しなきゃ』
「でも、覇王は…」

 何もしてない。
誰かに迷惑なんてかけてない
 なのに、今はずたずたに切り裂かれて十字架の上で晒されてる

「…なんでだよ」
『貴方もいつかああなるの』
「覇王だって生きてたんだ…なのにおかしいだろっ」
『悪魔の子が何を言ってるの』

 あの沢山の輪に入りたかったのに
こんなにもこわい


----

 目を開けるとまだ部屋は暗くて
まだ朝じゃないんだとぼんやり思う。隣には覇王が寝てる
静かに呼吸してる音と覇王のあたたかさがある。あるのに不安が消えない
 起こしたら、だめだ
わかってる筈なのにこわい
 強くしがみついて覇王の名前を呼ぶ

「覇王…」
「………どうした」
「変な夢見たんだ。覇王がいなくなった」

 小さくて掠れた声が聞こえて起こしちゃったことを謝らないと駄目だって思いながら
腹の中でぐちゃぐちゃとしたものを吐き出すと覇王は瞼を開いて俺を見つめながら頬を撫でてくれた

「所詮夢だ。今オレはここに確かにいるだろう」
「…そうだな」

 まだ眠たいのか覇王の目はいつもみたいにはっきり開いてはいない
でもちゃんと月みたいな綺麗な色が目の前にある。
それが嬉しくて、覇王に抱き着いたまま擦り寄るとさっきよりもあたたかくなって眠気が体いっぱいに広がる。
覇王の心臓の音が聞こえて、あたたかい腕の中で眠るとすごく安心できるんだ
 今は沢山の輪に入れない事よりも、みんなから悪魔の子だって言われる事よりも
覇王がいなくなる事がこわいんだ


---

「覇王はよくあんな文字がいっぱい並んでる本読めるな…眠くならないのか?」
「知識があると生きていく上で便利だ」
「そっか。覇王は俺より長生きするもんな」

 確かに覇王ならちゃんとご飯も食べて、夜になったら寝て一人でも生きていけそうだ。

「…掟が間違っているとは思わない。
だが、正しいとも思わない」
「覇王?」
「力があれば守りたいものを守れる。
だが力だけでは何の意味もない
力を統べる知識も必要だ」
「俺には難しくてわかんないぜ」

 茜空の中で覇王は小さく笑う。あまり笑ったりすることがない覇王の笑顔が俺は好きだ
ちょっと意地悪そうな笑い方だけど
覇王は本当は優しい。

「あ、米が届いてる」
「しっかり二人分あるな」
「よしっ今日は俺が覇王に飯作ってやるよ!」
「ルースが言っていた魚と米か?」
「ああ!すっごくうまいぜっ」

 その日の米と魚は今まで食べた物とは違う食べ物だと思うぐらいおいしくて
覇王と食べてるからなんだろうな、なんて少し思った。



つづく

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あきゅろす。
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