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小説
幸福な影は夜に揺らめく(前作の続編/回覧注意)
※前作、夜に葡萄が香ればの続きです。
ちょっとだけグロいので苦手な方は戻ることをオススメします。











 終わった後は激しい後悔に飲み込まれる。
痛々しい鬱血した跡や血が滲む歯型の傷。どれも己が付けたものだと思うとくらい歓びと、傷付けたいわけじゃないんだとい想いに胸を締め付けられて息もままならなくなる。
 行為の意味もわからない十代がだんだん肌を快楽に染めるようになってきたことが、どうしようもなく魂を震えさせる。
 十代に快楽を教えているのは自分だと思えば思うほどの制御できなくなっていく。

【幸福な影は夜に揺らめく】


 初めて抱いた日から十代の態度は変わらない。
悲しいほど『親友の遊城十代』としてオレに接してくる。
 それでも身体はオレのものだと人目から隠れて唇を何度も奪い、苛立ちに任せて口内を犯した。
「十代、好きだ、好きなんだ」
「ああ、俺もヨハンが好きだぜ」
 何度も繰返したやり取りは変わることなく真っ直ぐに好意を伝えてくれるが、オレが欲しいものではない。
縋るように胸に顔を埋めればそっとぎこちなく頭を撫でられる。
 誰のものにもならないのに、十代はどこまでも優しい。
十代の優しさがたとえ特別なものでも、それだけじゃ足りない。オレの中の獣が内側から皮膚を切り裂いて、十代をいつか殺してしまうんじゃないかと怯える日々。
 繋がれた手は離せない。
腕を切り落としても、きっと離すことはできない。
親友という絆であっても十代と繋がることのできるものを手放せるわけがないんだ。
全てが欲しい。
「十代、オレのものになってくれよ……オレを好きになって」
 行為の最中にも言う言葉を言えば、ベッドの上でなくとも十代は同じように返す。「好きだぜ」と。




______


 はじめて受け入れた時のような穏やかな表情で十代が笑っている。
片方だけの腕を広げて受け止めようとしている。

「ヨハン、本当は俺ヨハンを愛してるんだ」
 口からごぼごぼと血を零しながら十代がうっとりと呟く。
「うれしい、嬉しいよ。ヨハンが俺を食べてくれて嬉しい」
 決闘者として大切な腕はもう腹の中だ。
下半身は全部食べてしまった。
柔らかではりのある腹を食べながら、十代の腹の中に入れたら幸福なのにと思う。
半分は食べてしまって、どうやったって入ることはできないのだが。
「ヨハン、愛してるぜ」

 最後に残していた心臓に口付ける。
神聖な気持ちで1度。獣のまま剥き出しの気持ちで2度。口を開けて噛みちぎると生命の味がした。
この小さな臓器が十代を生かしていたのだ。
どこよりも大切に、ゆっくりと味わうように。
「ああ、声が聞きたいな」
 最後の1口になった心臓はただの肉片に見えた。
十代を形作るものはなくなってしまった。オレの腹の中で消化され、オレの身体を作っていくだけになった十代。
 目に見えない十代の魂も食えただろうか。
もう一度、愛していると言って欲しい。






 飛び起きると部屋は薄暗く、夜明けはまだ遠いことが見て取れた。
米神が脈打ち、息が乱れる。
不規則に息を吐いていると手に愛おしい温もりが触れた。
「十代……」
 泣き腫らして赤くなった瞼が閉じられたまま、寝息を立てている。
健康的な、太陽に愛されたような肌はあちこち変色していて見ているだけでこちらまで痛くなる。
「ごめん、ごめんな……」
 手を両手で包み持ち上げる。
ああ、十代の手だ。どこまでもやさしくオレを許すように差し伸べられる十代の手。
楽しそうにカードを捲る美しい指先。
 あたたかな体温は生きている証だ。
どうしたらいいのか、もうわからない。助けてくれ。
助けて、十代。
 夢の中ですら、オレは愛おしいお前を傷つけてしまう。
このまま失ってしまうことがこわい。いつまで受け入れてくれるのか、なぜ受け入れるのかわからない。
 お前を抱くたびに傷口から真っ赤な血が吹き出す。
やさしくしたい、愛したい。愛されたい。
出口のない海の底にある迷路に迷ってしまったようだ。
 十代の光だけが、オレを救って導いてくれるというのに。オレはその光を手にかけて、沈ませてしまう。



 夢が、オレの中の獣が、オレを殺しにくるんだ。
そうしてお前まで失ってしまいそうになる。








------


 迷子の顔で、震えた冷たい手でヨハンは俺に触れてくる。
そうして色のない唇で好きだと言う。
 俺はヨハンが喜ぶなら、安心してくれるならと全てを許してしまう。
ヨハンが望んでいるものは別のなにかだとはわかっていても、それを差し出すことはできない。
俺の中にそれが形を持っていないからだ。
「十代、好きだ、好きなんだ」
 なあ、ヨハン。ヨハンの言う好きと俺の好きは違うものなのか?
そう問いただしたくてもできない。
否定されてしまうことが恐ろしいんだ。
 もうヨハンが恐ろしくならない。身体を這う掌もこわくない。
痛みが全くないなんてことはないが、痛みよりもあたたかいものが溢れてどうでもよくなる。
噛まれて裂けた皮膚だって、なんだか嬉しくなっちまう。
 親友に向ける感情として、これは間違ったものなのか。
答えがわからない。
アカデミアに来てはじめて友達や仲間ができて、笑い合うしあわせの色を知った。
 そして、ヨハンと出会って。
身体が溶けてしまいそうなしあわせを知った。
仲間、友達、親友、恋人、家族。全てが俺にとってあやふやなもので、この形が正解だというものがない。
 たぶん、だけど。ヨハンの親友だった俺は死んでしまった。
ヨハンが熱をぶつけてきたあの夜に破壊されて、新しく再生された俺は前までのようにヨハンを見られなくなった。
 ヨハンのいう『愛』を求めるために以前のように振舞って、甘いお菓子を望む子どものようにただ『愛』を欲する。
 もっと。もっとぶつけていい。ヨハンからぶつけられたい。
破壊と再生を繰り返して、俺の中に歪な愛が生まれる。
 ヨハンが持っているような熱を持たない、どこまでも受け身な愛がヨハンとくっつく事で昇華されていくような気がした。
好きだと言うヨハンに、歪な愛を乗せて
親友のような顔で返す。
「ああ、俺もヨハンが好きだぜ」


 届くことは、ないんだろうけど。




END










あとがき


こゆき神と語っている内に続きが生まれました。


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あきゅろす。
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