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小説
夜に葡萄が香れば(R15)



 何故だろうか。ヨハンと話が微妙に噛み合わない事がある。
いつものように笑いながら、いつものような会話の中でふと、違和感を感じるのだ。
その違和感が一体何なのか、はっきりとはわからないが、なにかおかしいような気がすると頭を悩ませた。
しかし、十代は楽観的に気の所為だろうと思い、デュエルをすればすぐにその違和感も忘れてしまっていた。



【夜に葡萄が香れば】




 例えば、誰かと喋ったりしている時に視線を感じる。
その視線を辿れば表情がこそげ落ちたような顔をしたヨハンがいるのだ。
声をかければすぐに笑ってこたえてくれる。
無機質にも見えたあの顔は見間違いだったのかと思うほどの変わりようだ。
 また、夜になるとヨハンはブルー寮には戻らず狭くボロいレッド寮に居座り続けた。
十代自身、ヨハンが泊まっていく事に不満はなく、寧ろいくらでもデュエルができると喜んでいた。
 外は全てが寝静まったかのように静かで、時計の針の音とお互いが出す音以外聞こえてこない。
当たり障りのない会話が途切れると沈黙が降りてくる。
耳が痛いほど静かで、焼けるような視線がじりじりと肌を焦がすようだった。
 狭い部屋で、2人っきりの時もヨハンは言葉もないまま十代を見つめていた。
会話かデュエルが始まればいつも通りのヨハンに戻る。
黙ってじいっと見つめてくるヨハンはどこか別人のようで、背中がゾクリとしてしまう。
だから必死に昔話やデュエルについて話したり、どうでもいいようなことを口にしてしまう。

「なんか、最近ヨハンおかしくないッスか」
 心地のいい気温と暖かな太陽の日差しに微睡みそうになっていると、翔がそう呟いた。
ヨハンがおかしいとはどういう事なのだろうか。
ぼんやりとした頭で翔の言葉を反芻する。
「おかしいって、どこが?」
「まさかアニキ気が付いてない訳がないッスよね」
「だから、なにが」
 翔の言っていることがさっぱりわからない、という訳ではなかったがヨハンにだって不調子な時もあるだろうし、なにより彼は留学生であり母国から遠く離れた島国へと来ているのだ。
ホームシックなんかを拗らせているのかもしれない。
 母を求めずにはいられない幼子のように、なにか心の底から安心できるものを探し求めているかもしれないのだ。
それをおかしいだなんて十代は言えない。
ホームシックというものとは縁遠いが、なにかここにはない懐かしさに心が痛む気持ちには覚えがあった。
 なにが懐かしいのかはわからないし、思い出せないのだが。
優しい温度のない掌とあたたかな眼差し。夢のように曖昧で朧気なもの。
幼い心が作り上げた架空のなにかかもしれない。
そんな架空のものに縋る想いを否定すれば、十代自身も否定しなくてはならなくなる。
「こっちにきて色々と大変なのかもな」
 翔の眉間に寄せられた皺と信じられないとでも言うような表情に思わず苦笑が漏れた。
「難しいことはよくわかんねぇけど、きっと大丈夫だぜ」
 翔がため息を吐いたのとほぼ同時にまた視線を感じた。
少し距離を開けたそこにヨハンが立っていた。
「ヨハン、もう昼飯は食べたか?」
「いいや、まだだ」
「なら購買に行こうぜ! 俺もまだでさ。もう腹ぺこぺこ」
「ああ!」
「翔も来るか?」
「ボクは遠慮しておくッス」
 ふーん、と翔を横目に見て購買へと向うべく腰を上げて立ち上がる。
複雑な表情が引っかかったが、すぐに食欲によって消え去ってしまった。
「十代が誘われているだけでオレは我慢できないけどなぁ」
 なんの話だ。そう思ったが言葉になって口から出ることはなかった。
ドローパンを買って、せっかくだからと屋上で食べているとヨハンは唐突にそんなことを言い出した。
伏せられた長く濃い睫毛がエメラルドの瞳に影を落とす。
どこまでも深く底のない闇がありそうで、迂闊に声を出せない。
「もしもオレに声が聞こえなくても姿が見えなくても、十代が怯えて震えているなら絶対に守ってみせるぜ。それに腕の中から離したりなんかしない。魂も命も、手放したりしないぜ」
 困惑が顔に出ていたのかヨハンはふ、と笑い「魔王って曲。知らないか?」と言った。
確かいつだか教科書で見かけたことがあるような気もする。
「愚かな男は最後、最愛を失うことになる」
 そんな内容だっただろうか?あれは確か息子が熱に魘される中におぞましい幻を見て、父親に助けを乞うようなものだったと記憶している。
「オレは絶対にそんなことにならないようにする」
 ねっとりとした熱を孕んだ声で紡がれた言葉は十代に理解できるものではなかったが頷くことしか出来なかった。
にっこりと笑ったヨハンが漏れる「はやく夜にならないかな」と言ったのも、なにを意味するものかわかっていなかった。



_______



 まただ。ヨハンと会話しているはずなのに上手く噛み合っていない。
「十代は優しいよな。誰にでも手を差し伸べる」
「優しいとか、そういうんじゃないぜ」
「そうだな。だから放っておけないんだ。捕まえていないといけない」
「ヨハン、なに言ってるんだよ」
 夜の闇に取り憑かれたように暗く笑うヨハンを前に暑くもないのに汗がつたう。
レッド寮の、狭い部屋の中で、2人っきり。
ドクドクと心臓が全身に血液を過剰なほど送っている。
「十代をオレのものにするってことだよ」
 思わず腰が逃げて後ずさると背中にトン、と硬いものが当たった。目線を動かして確認するとベットの縁だった。
後ろにはベット。目の前にはヨハン。
白々しく映るシーツの白さが目に痛い。
 シーツから目が離せないでいると突然思いっきり髪を引っ張られた。
「いたっヨハン!痛いっ」
「オレだけを見ろよ」
 数センチの距離でヨハンが目をひん剥きながら俺を睨んでいた。
ぎちぎちと掴まれている髪の毛がぶちっと音を立てて抜けた。
「ヨハン、離してくれ、痛い」
「ああ、本当にお前は狡いな」
 するりと掴んでいた手が離されてようやく痛みから解放される。
何も掴んでいない手がそのまま頬を撫でて目の縁をすりすりと撫でてきた。
「その目に映していいのはオレだけだ」
 指が白目に触れて痛みが走る。このまま目を抉られてしまうんじゃないかという恐怖に身体が震える。
「十代の目も身体も全部食えたらいいのに」
 すっと手が離れた瞬間身体を跳ねさせて起き上がろうとした。
このままじゃ本当に食われちまうと思った。ばりばりと骨まで食べるヨハンのを想像するといてもたってもいられなかった。
腰を浮かせた時、どんっと押されてしまい立ち上がることはできずベットに身体を倒してしまう。
「十代もその気でいてくれたんだな、嬉しいぜ」
 覆いかぶさるヨハンの笑みになんの感情も読み取れない。
無遠慮な掌が服の裾から入り込んで皮膚を撫で回す。
「あ、ヨハン……痛いのは嫌だ」
 いやいやとするように首を震えるとシーツにぱさぱさ髪が当たって落ちる音がいやに大きく聞こえた。
「十代が暴れなければ痛くしないさ」
「で、でも、ヨハンは痛いことをしようとしてる……」
 掌の動きも、エメラルドの瞳に滲んでいる色も知っているものだった。
今より小さな頃同じものを知らない男からぶつけられた。痛くて苦しいだけのあれと同じことをヨハンはしようとしている。それだけは、はっきりとわかる。
「……どうして、痛いことだって思うんだ?」
「だって、知らない奴も、ヨハンと同じように触って痛いことしかしなかった」
 僅かな、きっと数秒にも満たない沈黙の後、獣のような咆哮が響いた。
喉が壊れちまうんじゃないかってほどの叫びに身体が固まる。
「十代、お前は、オレ以外の奴に、この肌を、十代の中を、触れさせたのかっ」
 ギラギラとした目に睨まれて喉が干上がる。
なにか悪いことをしてしまったんだろうか。わからない。
カチカチと奥歯が鳴るばかりで、なんの言葉も出てこない。
 ヨハンは俺の上に馬乗りになって上着を脱ぎ捨てた。
ぱさりと軽い音を立てて床に落とされたブルーの上着。
やっぱりそうなんじゃないか。嫌だ。痛いのは嫌なんだ。
「十代、十代、十代十代……」
 壊れたスピーカーのように俺の名前を呼び続けるヨハンは力任せに俺の服を破いた。
剥き出しになった腹を、腰を、胸を撫で回す掌がひたすら恐ろしい。
「十代、お前が好きだ。どうしようもなく好きなんだ。好きすぎて、頭がおかしくなりそうだ。いや、もうおかしくなってる
愛おしいのに、殺したいほど憎たらしいんだ……なぁ、十代、オレを受け入れてくれよ」
 頬に冷たいものが当たる。
見上げるとヨハンは両目から水を溢れさせていた。泣いている。どうして。
「ヨハン泣かないでくれよ」
 それまでの恐怖も震えも止まった。ただ、ヨハンを泣かせたくないという気持ちだけが俺の身体を、思考を動かしていた。
手を伸ばして濡れた頬に触れようとしたら、その手前でがしりと手首を掴まれてしまった。
そのまま強い力で握られ、顔が歪む。
「そうやって十代はすぐに手を差し伸べるんだ」
 違う、ヨハンだからだ。ヨハンだから、こんなことされてもどうにかしてやりたくなる。
声になっていたかどうかは怪しいが、ヨハンはしっかりと受け取ってくれたようで肌の上を這っていた手の動きがぴたりと止まった。
「なら、オレを受け入れてくれるよな?」
 ぽっかりと穴が空いているような笑顔で、震えた、迷子のような声をしたヨハンに俺は頷いて見せた。
熱いもので唇が塞がれてぬるりとしたものが唇を濡らした。
 痛いのを我慢すれば、ヨハンが泣き止むなら。
そう思って目を閉じた。



_______


 身体中噛まれた跡が痛い。腰もズキズキするし、その奥もひりひりと鋭い痛みに動く度に襲われる。
やさしくできないと、ヨハンは泣きながら俺を揺さぶった。
 好きになって、オレを好きになってくれ。
そう何度も繰り返していたヨハンが、嫌いなわけがない。嫌いな奴のために痛いことを我慢できない。
何度も好きだと答えた。それでもヨハンは涙を零すばかりで、悔しそうに唇を噛んでいた。
 俺の明け渡せるものではヨハンを満たせないんだろうか。
噛まれた所より、痛む腰より、どこよりも胸が苦しくて痛い。
 俺じゃあヨハンを満たせられない。
頬を伝ってシーツに落ちた涙を、ヨハンは知らない。



END











あとがき

フォロワーのこゆき様からのリクエストで
【十代さんが好きすぎておかしくなったヨハン×十代で何もわからないけど処女じゃない十代と無理矢理襲って馬乗りになりながら上着を脱ぐヨハン】でした!
リクエストありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

葡萄の花言葉『陶酔』『酔いと狂気』

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