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小説
変わらないもの

 元々鏡を見る習慣なんてなかったし、アカデミアにいた奴らと会うのも頻繁ではなかった。
だから、もしかして、なんて考えたこともなかったんだ。




 久しぶりに、万丈目と会った。
出会い頭にデュエルを申し込んできた万丈目に、俺は嬉しくなった。
皆少しずつ変わっていく中で、
こいつの中で変わってないものがある事が嬉しかったんだ。
デュエルで負けた方が飯を奢る、なんて後から言い出して。
適当に目に付いた、一見小洒落た店に入ると程よい静かさが心地よくて
この店でいいかとお互い頷き合った。


「あいつとはどうなんだ」

 味もいい店だったようで、料理が届いてからは食べることに夢中になって、食べ終わった後の
満たされた腹に気分も良くなって、美味いもん食えたし俺の奢りでもいいか、とゆるい空気を楽しんでさえいた時に言われたことにすぐ理解できなかったが、
何拍か遅れてああ、と脳に入ってきた。
ヨハンとの関係について万丈目はいつの間にか知っていた。
万丈目曰く、お互いに惚気を垂れ流しているもんだから嫌でもわかる。との事だけど……惚気てたか?
窓から指す陽射しに万丈目の頬が照らされる。丸みのない頬だ。出会ったばかりの頃はもう少し丸かったはずなんだけどなぁ。

「どうもこうも変わんねぇよ。
あー、ただ……なんて言うのか、すっげえ男前になってたぜ」

 なんとなく、目をそらした。
 外は今にも雪が降り出しそうだ。
さっきまで耳も指も赤くしてデュエルをしていたのに今更になって身体が冷えてきたのか、身体が震えそうになる。

「そうか」
「あ、万丈目も背伸びたよな!」
「……変わらないのは貴様くらいだろう」

 歯を食いしばるような、何かに耐えるような顔だ。
なんで万丈目はこんな顔をしてるのかさっぱりわからない。

「ちょっとくらい変わってないか?
確かに身長は、そんなに伸びてないかもしれねぇけどさぁ」
「…………」
「万丈目?」
「そろそろ店を出るぞ」
「あ、ああ……」

 なんだよ、声をかけてきたのも、デュエルに誘ってきたのも万丈目だったのに。
感じ悪いの。
 無愛想な奴ではあるけど、もうちょっと言い方とか、こう、あったんじゃないかと思わずにはいられない。
 会計を済ませて、店を出ると雪が降り始めていた。
こりゃ寒くなるなと上着のポケットに手を突っ込むが、暖房のきいた店内から雪の降る外に出た身体はどんどん熱を奪われていく。

「うー、さっみぃ」
「十代」

 やけに真剣な声で呼ばれて、向き直ると万丈目は眉間に皺を寄せて何か言おうと口を開けたり閉じていた。

「なんだよ、何か言いたい事あるならハッキリ言ってくれないとわからないぜ」
「貴様、鏡を見て何か思うことはないのか」
「はあ? なんだよ急に……俺、鏡とか見ないしそんな事言われてもなぁ……」
「……いや、俺の考えた過ぎかもしれんが
十代、貴様はあまりにも変わらない」
「さっきから万丈目は何が言いたいんだよ」
「中身の話ではない。外見の話だからな
貴様はアカデミアにいた時と変わっていないんだよ
まるでお前だけ時間が止まっているみたいにな」
「そんな、わけ……ないだろ、……万丈目、面白くないぜその冗談」

 万丈目は俺から目を逸らして口を閉じたまま地面を睨んでいる。これ以上会話する気はないって意思表示だろうか。
何を言ってるのか、全然わかんねぇよ。

「……また、次もデュエルしようぜ。じゃあな」

 宿を探さないと。
日本に来てすぐに万丈目と会ったもんだから今夜、もしかしたら何泊かする為の宿をまだ探していなかったことを思い出した。
流石に冬に野宿ってのは避けたい選択肢だ。
 ホテルなら、すぐ見つかる。
そこにはきっと鏡がある。それを、見れば万丈目の言っていたことがわかるか?
わかったとして、俺はどうするんだ……?
知りたくないような、知らなくちゃいけないような
ぐらぐらと足元が揺れているような錯覚に陥る。
今真っ直ぐ立ってるのかわからくなる。
 それでも、旅を何年も続けてきた癖とでもいうのか
俺の足は自然と宿──まあ、ビジネスホテルとか──がありそうな場所へと向かい
あっさりと寝床を確保できた。
料金の優しい少しボロめの小さなビジネスでとりあえず1泊分だけのプランを選んだ。
日本に来たのは久しぶり──半年か一年ぶりかそこいらだ。
なんとなく来てみたが、もう俺の気持ちは別の、ヨハンのいる所へ行きたがっている。
こうなれば明日になれば俺は真っ直ぐヨハンの所に向かうだろうな。
フロントで受け取ったルームキーの番号を確認してエレベーターに乗り、目的の階のボタンを押す。
僅かな浮遊感の後上へと上がって行く。
 チン、と軽い音を立てて鉄の箱は扉を開けて俺を目的の階まで連れてきてくれた。
 人の気配がする廊下を歩いて部屋の前に辿り着けば
あとは鍵を差し込んで回すだけだ。一分もかからない作業に、何故か俺は緊張している。
この扉を開けて中に入れば、どこかには鏡はあるだろう。
それを、俺は見てしまう。
 万丈目に言われた言葉を、確認しなくちゃいけない。そう俺の心がざわざわと騒いでるからだ。
 ゆっくりと、慎重に汗のかいた手で鍵穴に差し込んで回すとカチャリと鍵が開いた。
ひんやりとしたドアノブを握って扉を開けると、すぐ目に入る場所にはベッドと簡易椅子しかなかった。
体の力が抜ける。鏡を見るくらいで、なに緊張してるんだよ、俺は。
 中に入って扉を閉める。狭い部屋だけど、あの料金にしては清潔に保たれてる方だ。
日本はぼったくられる事もなかなかないし、ベッドだって柔らかそうだ。
野宿よりも宿で休んでいる方が疲れも取れるが、宿探しで慎重にならなくていいのは助かる。

「はぁー……」

 荷物をベッドに置いて腰を掛けると、微かに音を立てながら受け止められる。
ベッドが古くてもぱっと見綺麗ならそれはそれで、ご愛嬌ってやつだな。うん。

「変わってない、か」

 万丈目の言葉がずっと頭の中でぐるぐると回っている。俺の脳みそはこのままじゃバターになっちまいそうだ。
……バターになるのは虎だったか?まあ、いいや。難しい事はよくわからないぜ。

『君だって、薄々はわかっているのに。強情だね』
「ユベル、お前までなに言ってるんだよ」
『仕方がないから、付き合ってあげるよ』
「鏡、トイレとかにあるよなー、多分」
『見てみればわかる事だろう?』
「……そうだな」

 なんでか重い足を引きずるようにして部屋の中にある唯一の扉を開けると、トイレと風呂が一緒のタイプで、鏡はやっぱりそこにあった。




-------




「なあ、ヨハンって今何歳?」
「なんだよ、突然」

 いつでも、いきなり会いに来てもヨハンは笑って招き入れてくれる。
自分で言うのもなんだけど、連絡も頻繁に取らない恋人にヨハンは愛想を尽かしたりしないんだろうか。いや、浮気だとか、冷めたってのを疑ってるわけじゃないけど。

「オレの歳も忘れたのか、酷いぜ十代」
「いやー、なんつぅか、確認?みたいな?」
「疑問形かよ」

 くすくすと笑いながらコーヒーを啜る姿は、男前だ。イケメンってのはずるい。
頬は丸さがなくなって、背も伸びたヨハン。
立って喋る時は見上げなくちゃいけなくなる。

「オレと十代は同い年だろ?
オレも十代も28」
「あー、どうりでヨハンが大人っぽくなってるわけだ」
「そんなに子供っぽかったか?」
「そういう意味じゃないって」
「まあ、どんなになってもオレが十代を愛してる事には変わりないからな」

 今までだったら流した言葉も、痛みを伴いながら染み渡る。
万丈目がわかってた事を、ヨハンがわかっていない筈がない。

「ヨハン、俺──」
「ん?」
「俺、ヨハンに追いつけなくなっちまった」
「……」
「これから、ああ、これからも、俺はこの見た目のまんま……多分、そうそう死ぬこともないんだぜ」
「いつ、気が付いた?」
「ここに来る前に、日本で。
ユベルに聞いてみたけど、やっぱり、そうだって。だから……」

 重たい沈黙が流れる。
数秒、もしかしたらもっと短いかもしれないが、俺には永遠にも感じる程の長さだった。
持っていたカップをテーブルに置いたヨハンが体ごと俺に向き合って、じっと真っ直ぐな目で見てくる。
 俺は、ヨハンの目が見ていられなくて下を向いちまったから
ヨハンがどんな顔をしてるのかはわからないが、十代、と真剣な声で呼ばれた。

「オレは、十代がどうなっても、やっぱり十代が好きだぜ」

 逞しい腕が巻きついてきて、ヨハンの胸の中で抱かれる。
 ずるい、ずるい。そんなことを言われたら俺はなんにも言えなくなる。
ヨハンに会うまで色々と、考えてたのに。
もう、ヨハンとは会わない方がいいんじゃないか、とか。俺は、人とは違うモンになったんだとか。
全部目から流れていく。

「ヨハンが皺皺のじいちゃんになっても、俺、このままなんだぜ?」
「オレが皺だらけになっても、十代はかっこいいって言ってくれるだろ?」
「……ヨハンが、死んじゃったあと、俺はずっと生きていくんだ」
「十代が寂しがるといけないからな。幽霊になっても一緒にいてやるよ」

 そうなったら、賑やかになるだろうな。なんて考えてた少し笑うと、ヨハンの大きな手のひらが背中を優しく撫でてくれる。

「心配なら、今すぐにでも幽霊になろうか?」
「ははっそれは嫌だ!」
「本気なのに」



【変わらないもの】



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