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小説
まつり


 ふらりと寄った街で祭りの準備が行われていた。
鮮やかな青い布はあいつを思い出させる。最後に会ったのはどれくらい前だろうか。
随分と、大人になってしまったヨハンは顔立ちも身体つきも変わってしまっていたけれど
それでもあの夏の空のような色はそのままで、会いたいだなんて思ってしまう。

 特別、次に向かう場所も決めていなかったし急ぐ理由もなかった。
二、三日ふらふらと観光がてら準備で慌ただしく賑やかな中歩いていれば中年くらいの男に声をかけられた。
どうやらここの奴らはみんな余所者に寛容なようで祭りの説明も簡単にしてくれたり、どこの店のメシが美味いとか色々と教えて
とても嬉しそうに案内してくれた。この街が己の生まれ育った街だとその男は言い
祭りは街全体で行われる大きなもので、なんでも冬の神と夏の神を見送り迎える為のものなんだと
店の料理を食べながら話していた。美味かったし、俺の名前も知らない男が楽しそうに自分の街の話をしているのが
なんだか、まぶしくて心地よかったんだ。
折角なんだから祭りも楽しんでいけと目じりに皺を寄せながら男がよこした言葉にうなずいたのは
そんな単純な理由だと思う。
 正直、よくわからないものが体中をじりじりと焦がすような
胸の奥でせっついてくるような感覚に熱が上がりそうになってすぐにでも走り出してしまいたいような
叫び喚いてしまいたいような気持ちにさせる雰囲気を持った男だったから
こいつに、言われたからこそ頷いたのかもしれないが。


 祭りの準備を手伝いさせられたがそれで宿代を安くしてくれるというんだから文句なんて出てくる筈もなく
あちこちで「おい、兄ちゃんこっちも」と声が飛んでくる。
こんなに体を動かす事は久しぶりであっちこっち体中痛いが、その痛みは嫌なものではない。
木材を運んだり、布を張ったりと汗をかきながら動いていれば笛の音が聞こえてくる
 踊り子たちが練習しているんだとあの男が教えてくれた
夏の神と冬の神に扮する踊り子たちの舞いは毎年この祭りの一番の見もので
踊り子に選ばれた人達はみんな祭りのために一年かけて練習しているらしい
しっかりとまだ見てはいないがきっとキレイなんだろうなと思う
日が沈むまで笛の音と作業をしている物音で溢れていた。
 疲れ切った体で宿の部屋まで戻ると夕食が置かれていたのに吃驚していると
宿の女将さんがあの男の奥さんが俺に晩飯を持ってきてくれたんだと教えてくれた。
「若い兄ちゃんが手伝ってくれるおかげでみんな助かってるよ」と、女将が笑顔を浮かべるとなんと返事をすればいいのかわからなくなった
助かるよ。こんな美味い飯を店以外で食べるなんて、久しぶりだから。ここの人達はみんな優しいから。
頭の中で言葉ばかりが滑っていく
「食べた後は置いといてくれ。食器はアタシが返しておくからさ
ちゃんとお礼は言っておくんだよ」
「うん、わかったよ」
 声が掠れてしまったが女将はただ笑って頷いてくれた。
この街は、街の人達は、温かくて─父さんと母さんを思い出させるんだ。
ユベルの事があってから少しギクシャクとしてしまったけれど、確かに温かくて優しかった両親を思い出させる
甘えたくてたまらない気持ちにさせる。
『十代クンは、ここの人達からすればまだまだ子供みたいなもんだにゃ〜』
 大徳寺先生の声にも何も返せず
涙があふれてきてしまいそうなのを必死にこらえて少し冷えた夕食を食べた
やわらかい、優しさの滲む味がした。



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 祭りの日になると俺はすることもなくなって
出店をまわってみんなに挨拶をした後は手持無沙汰になってしまった
ここ数日が忙しかったからか、ほんの少しさみしいような気もする
快晴の中青い布と白い布、オレンジの布が揺れて青空に映えている
ぼう、とただ空と風に靡く布を見ていて誰かに声を掛けられてもすぐに気付かなかった。
俺に向けられた声が近づいてきてずっと見上げていたせいで少し痛くなった首を戻すと藍色の髪を揺らしながらヨハンが手を振りこちらに向かってきていた
「ヨハン?」
「やっぱり十代だ!ビックりしたぜ。
どうしたんだこんなところで」
 ビックリした、はこっちのセリフだという言葉は喉元で飲み込んだ
「俺は偶々ここに寄って、折角だから祭りを楽しんでたところだぜ」
「へぇ、そうか。」
「ヨハンはどうしてここに?」
「ここで祭りをやってるって聞いてさ。
元々は買出しで港の近くに来てたんだけど、見てみるといいって言われて」
 ヨハンは難しい研究だとかをしていて、買出しってのは多分やたらと小難しい研究に必要なものを買いに来たんだろう
反応のない俺に違和感を覚えたのかどこか困ったような顔をして「どれくらいここにいるんだ?」と問いを投げかけてきた
眩しさに目を細めながら、ここ数日間のことを思い出してみるがそんなに長いこと居るってわけではない
「ちょっと前に来たばっかりだぜ
でも、少しだけ俺も祭りの準備は手伝ったりしてた」
「そっか。じゃあせっかくだし一緒に回ろうぜ」
 ついさっき回ったばかりだったが頷いてヨハンと歩きだした。


 街全体での祭りは出店の数もそこそこ多くて
周り終わる頃には青空から茜空に変わって聞きなれた笛の音が流れていた
舞いがはじまる前に広場に行きステージが見やすい場所を探して、勝手に椅子を持ってきて座りながら
夏の神と冬の神の舞いのことを─又聞きで、上手く説明なんてできないが─ヨハンに教えてやると期待に目を光らせて
今か今かと舞いがはじまるのを待っている。
「お、兄ちゃん友達連れか?」
「ああ、」
 あの街にきて初めて声をかけてきた男がやはりどこか父性を滲ませるような笑顔で寄ってきた
「どうも、こんばんは」
「賑やかだろ?舞いも美しくてきっと、兄ちゃんたちも楽しめるから期待しててくれや
オレはまだ店番しなくちゃいけないから向こうから見てるよ」
「なにか、手伝おうか?」
「いや、今日は存分に楽しんでくれ。
そうだな、舞いが終わったらオレのとこに寄っていけよ。夜は酒も出してるから」
「ん、じゃあ後で寄ってくよ」
「じゃあまた後でな、兄ちゃん」
 手を振りながら、俺とヨハンが友達同士に見えたかとほっとしてしまう。
今はまだいいだろう。だがこれから先、十年経てば親子のように、見えるようになるだろう。
まるで置き去りにされたままのように俺の容姿は今と変わらず年をとらず老いもせず
ヨハンよりも、ずっと長生きするんだろう。
その先の事を考えるとさっきまでの楽しかった気持ちもどこかへ消えてしまった。
「十代」
 名を呼ばれてはっと目を向けるとヨハンは優しげな笑みを受けべていた
「はじまるみたいだぞ」
 笛と鈴が鳴り、照明のライトがステージの上に集まる。
青い衣装を纏い長く綺麗なブロンドの神を結った女と照明の光を跳ね返すような真っ白な衣装を纏ったブルネットの少し短い髪の女がステージに上がり
装飾された小太鼓のような楽器を叩きながら身軽に音に合わせて跳ねたりくるりと回ってみせた。
 皆、見入っているのか誰も声を上げずに只管ステージを見ている
ステージの中央に寄った二人の踊り子─夏と冬の神は己の髪飾りを差出て互いに受け取ると、歌を唄いはじめた
その歌に合わせるようにしんとして見入っていた人達も歌いだして二人の神は楽しそうに笑い、舞ってみせる
こうやって毎年ここでは季節の移ろいを喜び、感謝をささげているのだという。

 舞いが終わりお互いにどこか興奮したままあの男の店で酒を飲み騒がしい空気にも酔って
とりあえず、と俺が泊まっている宿の部屋で少量の酒とつまみを持って二人っきりで(正確には二人だけではないが)昔話に花を咲かせた。
 部屋の灯りはランプと窓の外の祭りの灯りだけだが充分明るい。
外からまだ祭りを楽しんでいる声が聞こえてくる
「十代は俺のとこに顔出しにきたりすることはあるけど、こうやって会うの珍しいよな」
「まあ、そうだなぁ……たまたまってのは確かにあんまりないよな」
「白昼夢でもみたのかと思ったぜ」
 それは、俺だって思った。一瞬だけ、ヨハンの顔が幼い─であって間もない頃のような─顔に見えた
「ほんと、きてよかった。祭りではしゃぐなんてひさしぶりだったなぁ」
 独り言のように呟き、酒を舐める横顔は大人の男で
彼はすっかりと、変わった。大人に、成長したのだと心を突き刺す
「たまにはさ、こういうのもいいな」
「ああ。舞いも綺麗だったしな」
「キレイ、だったな」
 そこからどうして、かお互いの恋愛─初恋の話題になってしまった
俺もヨハンも酔っぱらっているからか普段素面であれば絶対にできないような小恥ずかしいような話も躊躇いなく口から出てしまうんだろう
そんな話が俺だって気にならない訳ではない。だって、俺はヨハンに対して本人には言えないような想いを抱いているからだ。
好きな奴の初恋、なんて気にならないと切り捨てられる程のものをもっていない
「ちいさい女の子だったな。同じハイスクールで、一人でいるのを見かけたりするくらいで
あんまり話したことはないんだけど、挨拶を交わしたりくらいはしててさ
背がちいさくてかわいい子だった。その子が転校するって、きいて
ひとこと、何か言おうか悩んでたら……気づいたらもう転校しちまっててなぁ
後で、ああ俺はあの子が好きだったんだろうなって」
 笑顔がかわいらしい女の子だったと笑うヨハンの瞳は懐かしさに揺れてきれいだと思った
思わず手を伸ばしてしまいそうになるのを堪えて、代わりにさけをあおる
「十代は?」
「んー、俺?そうだなぁ……学校の先輩、だったかな」
「なんかいやらしいな」
「なんだよそれ、茶化すなって」
「わるい、わるい」
「いつも明るくて、頼れる先輩って感じの人でさ。キレイな人だったぜ。
俺は頭悪くて、成績なんかも全然だったけど先輩は頭もよくてかっこよかったな」
「へぇ……告白、は?」
「してない。ってか、俺だって後々気づいたって感じだったからな。
その時は恋だとかンな事よりもデュエル!って頭ん中いっぱいだったから」
 はは、と笑い声が思わず漏れる。
ああ 変わらないな、俺。
「ちょっとだけ、あの人に似てた」
「あの人?」
「ほら、舞いの……白い衣装の、冬の神の踊り子さん」
「ああ…あの綺麗な」
「うん。先輩に、ちょっと似てたよ」
 明日起きたらきっと、ユベルに茶化されるだろう。
なんだって全部筒抜けなんだ。気恥ずかしさでどうにかなってしまうかもしれない
(ユベルも落ち着いたけど、機嫌を悪くする時くらいある。
ヨハンに会った後は特に、だな)
 少しばかり思考が逸れているとヨハンが黙ってまま俯いている事に気づいた
「ヨハン、眠たくなったか?寝るなら、ベッド使っていいぜ」
「……お前はどこで寝るんだ?」
「適当に。後でなにか掛けるものでも貰ってくる」
 女将も恐らく、まだ祭りを楽しんでいるだろうから。
雑魚寝くらいもうとっくの前に慣れきってる
「……」
「ヨハン?」
 具合でも悪くなったのかと覗き込もうとしたら腕を掴まれた
「せっかく、だし……一緒に、寝ようぜ。な?」
 一つのベッドで寝たことなら何度もある。アカデミアにいた頃の話、だが。
だから、そんな切羽詰まったような顔で言わなくなっていい、のに
「おれ、十代がいるのが……まるで、」
「いいぜ。ひさしぶりに、一緒にねようか」
 ヨハンが言い切る前に承諾して俺の腕を痛い位掴んでいるヨハンの腕をひいてベッドに上がる
ランプの明かりを消しても部屋の中はまだ薄らと明るい。
「あした、ヨハンはバスに乗って戻るのか?」
「……ああ、バスか船に乗せてもらって」
「なら昼前には起きないとだな」
「ん、そうだな」
 誰かが笛を吹いている。その音色が微かに耳に届いて
ひどく近い距離にあるヨハンの顔が強張ったように見えた
「なら、もう目瞑って寝ろよ。寝坊したら面倒なんだろ、ヨハン」
「……」
「おやすみ」
 瞼に掌を当ててなるべく優しく囁いた。
やさしい声に、なっていればいい
「……じゅうだい」
 あの、中年の男が祭りの話をしていた時にいっていた言葉がかすめていく。
余所者にもやさしい、ひとつの理由
『祭りはもともと往く神と来る神のためのものだ。
この街にくる者を拒むことはしない。
それにこの世ならざる、人ではない者達は普段は姿を見せないが、この時期だけは人の姿をして現れるのさ』

「まるで、白昼夢をみてるみたいなんだ」
 そんなの、気のせいだ。まだ祭りの熱にやられて、酒も回ってるからそんな気がするだけだ。
「朝にはお前がいなくなって、またどこにもいなくなっちまいそうで」
「なんだよ、ヨハン拗ねてるのか?
俺が暫くお前に会いにいかなかったくらいで、大袈裟だな」
「だって十代、お前」
「いいからもう寝ちまおう。明日ちゃんと起こしてやるからさ、安心しろよ」

 笛の音色に鈴の音と、微かに笑う声が鼓膜を擽る
ひさしぶりに動かした体が疲れきって声も掠れてきてしまった

「おやすみ、いい夢みろよ」



END


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両片思いなヨハンと十代で季節感のあるものをと。

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