標的6 ※3
学校の外に出て、まずひと息。蓮華は、手元のコーヒーの袋をみた。
おそらく、草壁は同じ銘柄のものを買って、補充をしてくれようとしたのだろうが、まったくもってひやっとさせてくれる。
ともかく、だ。
蓮華が草壁に見回りをしてくる、と言ったのだから、自分の発言に責任を持たねば。蓮華の足は見回りへと向かう。
――雲雀先輩が『指導』を行った人の始末かあ。なんだか、気の毒に思えるような気がする……。
……まぁ、確かに目につくようなことをしている人もいる。たとえば、ちゃらちゃらとした身なりで恐喝なんて、その最もたる例だろう。だが、群れているだけでなどというのはやりすぎのような――と、さっそく道に転がっている『モノ』をみつけた。転がっている男たち――この身長からすると、高校生だろうか。ふむ、これは雲雀が嫌いそうなタイプの人種である、と蓮華は冷静に観察してみる。茶髪に金髪、ピアスを開けていかにも三下な雰囲気を醸し出しながら倒れている彼らは、雲雀がここを巡回していたときに『運悪く』カツアゲなんてものをしていたのだろうか。それだったらご愁傷さまだ。彼らも、雲雀の噂を聞いていなかったわけではないのだろうに。雲雀も雲雀で、さすがというか、なんというか。高校生にも物おじせず、かつ容赦なく叩きのめしている。どうしかものかと思案して、とりあえずじゃまにならないところまで引きずっていこうとそれを実行する。
ずるずると引きずるたびに、顔面が削れていくことに対して、一応「ごめんなさい」と謝ってみた。もちろん蓮華に返ってきたのは無言だけだったが。
そんな感じで、のんびりと歩きながら、時折あらわれる、『山』を崩す作業を範囲分だけ終えてしまった。そうしてようやく目的の店に到着した。小さくはないが、特別に広いというわけでもない。全体的に茶色やクリーム色などの、落ちついた色合いをしているこの建物は、喫茶店だ。ちなみに蓮華はこの店に、客がいるのをみたことはない。
「すみません、おじゃまします」
蓮華は扉を開けて店の中をのぞきこむ。「少々お待ち下さい」と返事があったあと、奥から店のマスターが顔を出した。蓮華をみるとにっこりと笑ってくれる。基本的には喫茶店だが、副業としてやっているコーヒーの販売を目当てに蓮華は足を運んでいた。
「今日もまた、いつもの物を?」
「はい。よろしくお願いします」
優しく柔和な笑みを浮かべるマスター。蓮華は子どもである自分にも、丁寧な動作や言葉遣いをするこの初老の男のこういうところを尊敬していた。パッと見、分からない入り組んだところにあるここを並盛でひいきにしているという理由のひとつが、それだった。場所が場所であるために、頻繁に訪れる者こそいないが、常連は割と多い……らしい。ちなみに、今のはマスターが蓮華にいつも言っていることの受け売りだった。そのマスターはというと、今はカウンターの下にもぐり、二・三回コーヒー豆をすくっていた。それを袋へとザラザラ流し込んだものを、蓮華は受け取る。「ありがとうございます」と鞄から財布を取り出すと、コーヒーの値段分をマスターへと渡す。
「蓮華さんみたいな方がここへ来て下さるので、この空間がにぎやかになりますね」
「それって、わたしがいると、うるさいってことですか?」
くす、と笑う蓮華。蓮華がふざけて言っているのが分かっているマスターも、元々細い眼をさらに細くして、目じりにしわを刻んだ。白髪も手伝って、優しそうにみえる。
「明るくなるということですよ。蓮華さんのような年代の方が、ここへ来て下さるということもなかなかにないので。……わたくしとこうして話して下さるだけで、うれしいんです」
「マスターさえよろしければ、いつでも遊びに来ますよー。もちろん、おじゃまじゃ無かったらですが」
「いえいえ、そんな……」
和やかに、会話を進めていく。キュッキュッ、とマスターがコップを拭いている。立ったまま話すのもどうかと思い、蓮華はカウンターの席に座った。
再び口を開こうとした、そのとき。
「ちゃおっす」
「――ッ!?」
突然聞こえてきた声に、蓮華はバッと椅子を回転させて、後ろを向いた。
――声が、した。
扉が開いた音なんてしなかったのに、だ。だから蓮華もいつもより過剰に反応をしてしまった。ドクドクと心臓の音が大きく、蓮華の耳に聞こえてくる。
――どうしてかなぁ。誰もいない。
けれども、蓮華が振り向いた先には誰の姿も無かった。
薄ら寒いような気を覚えながらも、気のせいだったのだと気を落ち着かせ、とマスターへと向き直ろうとしたとき。
「ここだぞ」
と、やっぱり声が聞こえた。……しかも、声の主はどうやら蓮華のことを呼んでいるらしい。確認、するしかないよなぁ、と蓮華は主の姿を探し始めた。怪談のにおいがプンプンするよね、と思いながら。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
無料HPエムペ!