夕刻4(前編)
あぁ、こんなにも愛おしいと思えること。消えてしまう、儚いままへ。
お父さんの会社が倒産した。
―――*−*−*―――
……倒産。私が昔居たところではそう言うであろうことが起きた。
そもそもお父さんが働いて居たところは何処だったのだろう、とか。何の仕事をして居たのだろう、とか。
よく考えてみると、私は家族のことを知りはしないことに気づく。
優しくて、格好良いお父さんに、美人で気がきくお母さん。
そんなありふれた言葉でしか、自分の家族を表せないことが、私の胸を締め付ける。
――そんな、子どもなんてこうなって当然だ。
ことの始まりは、いつもなら陽が少し沈んだ頃に帰って来るはずのお父さんが、その日に限ってまだ陽が高く登っている内に帰ってくるところから始まる。
嫌に、大きな荷物を手に家へと帰って来たお父さんを見て、私は酷く胸騒ぎがした。
――お父さん、おかえりなさい。
――どうしたの?
そう、問いかけることすら躊躇わせるお父さんの背中。私は知らずに、たらりと冷や汗を垂らす。
「あら、あなた。おかおりなさい。今日は……、あなた、どうしたの」
笑顔で、奥から顔を出したお母さんの顔が一瞬でお父さんを案じるものへと変わる。
……一切のおふざけを許さないほど今の父の顔は青ざめていた。
お父さんはふらり、ふらりと体を左右に傾かせながらゆっくりと弱々しく家の中を進む。危なく進んでいくお父さんに、お母さんは手を添えた。
「ねぇ……あなた、本当に」
「……潰れた」
「お父さん?」
「だから、何が……?」
「潰れたんだ、……倒産だよ。社長が金を……、借金が……」
「……なッ!?」
呟くお父さんの声には、いつもみたいな楽しい雰囲気が一切感じられない。ただ、ひたすらに淡々と告げられたその事実が、大事だと気づくのに少しばかりの時間を必要とした。
何をやって居たのかは知らない。けれど、ふざけているように見えて、意外と何事にも手抜きをすることがないお父さんがソレにショックを受けているであろうことを想像するのは容易な事だった。
生気が抜け落ちたようにも見える、お父さんの要領を得ない説明。
社長の娘さんが病気だったらしい。それを治すには、お金が居る。だから、会社のお金を使った。
――元々、会社自体も上手く行き始めたのが最近で、しかも借金を抱えていたらしい。
それでもやっと儲かり出したところでのまさかの事態。
私の家も、そう貯金は無い。
家族が、暮らしに困るようになるのに、そう時間はかからなかった。
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