夕刻2
「クレハちゃん、ちょっとこっちにきて頂戴」
「はーい」
私は、その呼び声に応える。いつもの如く、買い物だろうなーっとあてをつけながら。今は夕方だから夕食と明日の朝食の分だろう。
お父さん、は仕事があってまだ帰ってきていないから。
そんな事を考えながら、私はふっと笑いを洩らす。
―――徐々に、この世界にもなれて、馴染めているかな。
なんて。そんな事を思ったりする。
そんな私も、もうすぐ5歳になったりする。もう五年もたつのかと少し驚きが混じる。
「夕食の買い物に行こうか?」
「うん! 今日のご飯はなあに? お母さんっ」
母はすこし考え込んだあと、じゃあシチューにしようか、と笑いながら私の手を握った。
前の私と今の私。今、思考するのは前の私。言葉を喋るのは、今の私。問題無く過ごせているのが、不思議な感じがする。
今の両親は凄く凄く、優しい。だから私は今の生活に満足している。
どうやら、私の神経は図太く出来ているようなので、この訳の分からない事態に発狂するようなこともないみたいだ。
――おかしな話。
私の神経が図太いなんて矛盾の塊では無いか。
―――*−*−*―――
「ほらクレハ、起きなさい」
「……むぅ」
私は寝ぼけながら、目をこする。それを父に止められた。
「顔をあらって来なさい、お母さんがまっているよ」
「はーい」
ゆっくりと階段をおりながら、後をついてくる父を見る。にこりと優しい微笑みを私に向けてくれる、父に私も笑みを浮かべる。
こどもに戻って、まず出来なくなった事。一先ずの課題は、『ひとりで起きること』だ。
……欲求に素直でなかなか言う事を聞いてくれないからだにむかって、私はそう誓った。
こどもは、大変だ。
その日は、一日中ぶらぶらしたり、友達と遊んだり(以外に、ままごとが楽しく感じる)、いつもの如く変わらない時間を過ごした。近所の、アリサちゃん(5歳)がこれまた可愛い。私の家の隣に住んでいるネイルくんの事が好きらしい。とても可愛い、本当に可愛い! お嫁さんにしたいくらいに可愛い!
「うふふ……! アリサちゃん!」
おっと――思わず、涎が。危ない危ない。
今日は父の仕事も休みらしいので、はやく帰るように言われているのだった。
「お母さん、お父さん、ただいまー!」
家のドアを力いっぱい開いた時。
「お誕生日、おめでとう! クレハちゃん!」
と力いっぱいに抱きしめられた。
お母さんの匂い。反射でぎゅう……としがみ付く。そう言えば今日は私の誕生日だったっけ、なんて思っていると、母が椅子に座らせてくれる。どうやら、今日のために御馳走を作ってくれていたようで、私の居ない間に随分とテーブルの上が豪華な料理の数々で埋め尽くされていた。まわりの壁なんかにも、きらきらとした飾りがあって、とても綺麗だ。
そう言えば、去年もこんな感じだったな。……年々、豪華さを増していってると感じるのは、私だけでは無いと思う。お母さんの貼り切り具合が窺える。
「クレハちゃんのために、お母さん頑張っちゃった!」
「うん、この肉は上手いぞ? ほらクレハもはやく食べなさい」
「あっ!! それはクレハちゃんのために作ったのであって、貴方のために作ったんじゃないんだから! 今日の主役はクレハちゃんなのよ?」
こんな会話を聞いていると、幸せだなと感じる。我知らず、自然と笑みがこぼれてくる。
「ありがとう……お母さんも、お父さんも大好きだよ」
すると間を開けずに「大好き」と返ってきて。この『家族』になれて、よかったと改めて思った。そう伝えるとクレハちゃんはおませちゃんね、と言って笑われた後に、
「産まれてきてくれて、ありがとう」
思わず、涙が出そうになった。
(ありがとう)(私を産んでくれて)
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