夕刻6 きれいなお洋服に、きれいな靴。そんなものはいらないから。 ――お父さんと、お母さんさえ居てくれたら、それで良かったのに。 「クレハ、この後一緒にお洋服を買いに行こうか?」 「――え? お金はどうする」 「クレハがそんなこと気にしては駄目だよ。不自由させないように、そのくらい何とかするから」 「…………」 お父さんが、そういうのなら、きっとそういうことなのだろう。 『子ども』である私が気にすることでは無い。 だって、私は子どもなのだから。……子どもだから、信じなきゃ。 ―――*−*−*――― そこからは本当に急展開だった。まったくと言っていいほどに覚えていない。 大きく脈打つ心臓に、頬をつたっていく、嫌な汗。 大丈夫、何も不安に感じることなんて無いじゃない。心配はいらない。 信じなきゃ。何もかもを。 言い聞かせながら、覚えているのは洋服屋さんに入ったところまでだ。 次に思い出すのは、レストラン。 いつの間にか、今までに着たこともないようなきれいな洋服に着替えている、私。そして、食べたこともないような、豪華な食事。 吐き出しそうになりながら、必死に飲み下す。 「――――?」 隣でにこにこと笑う、お父さんの言葉がワカラナイ。 心配そうに私をのぞき込んで何か話しかけてくる、お母さんのソレもワカラナイ。 ――ふつりふつりとわき上がってくる嫌な予感は、気のせいだと思いたい。 ――きっと、私の杞憂で終わる。 そして、今。 お父さんにくまのぬいぐるみを渡されて。私は、どこか賑やかな建物の路地裏にいる。……そんなモノが欲しいわけではないのに。 「ちょっと、ここで待ッテイテ?」 「…………あっ」 ぎゅうっと、ぬいぐるみを抱きしめる。 「すぐ、戻って来るからな。ソレマデ」 「お母さんも……お父さんも……私のことが、嫌いなの?」 二人は驚い風に、目を見開いた後に、 ――好キヨ。大好キ。 そう言って、この場から立ち去った。 それと同時に、顔に白いおしろいをつけた『まるで』ピエロのような男の人がやって来る。 二人とは、反対の方向から。 人好きをするような笑みを浮かべた彼は、私に向かって、手を差し伸べる。 「はじめまして、クレハ・ウィリアムスですね? 僕の名前は」 遠くに聞こえる、彼の声。 「――お母さんは」 私のことを、捨てたのね。 彼の声は、耳に届かない。さみしくて、さみしくて。私の声も、届かない。ちいさくて、ちいさくて。 暫くの間、忘れてしまえ。『あの人たち』のことを、無理やり頭から追い出す代わりに、目の前の彼に興味を向ける。 この人が、私のことを、買ったのだろうか? ……私は、売られてしまったんだ。 ――嘘ツキ。大好キだって、言ったじゃない。 迎えにくるなんて。 ――嘘ツキ。嘘ツキ。 (……でも)(信じていれば、いつか必ず) [*前へ][次へ#] [戻る] |