キドロ(※死)
甲板には冷たい風が吹く。
愛する姿は間違いなく目の前にあるのに、ひどく遠く感じるのは何故なのだろう。
「おい、ロー」
「好きだよユースタス屋」
「こっち来い」
「それはできねェ相談だ」
「じゃあそっから動くなよ」
「それも、ダメだ」
にっこり。柔らかく笑った変態外科医はただただ穏やかだった。
気付いてやれなかったのは少なからずオレの責任。しかしそれでもアイツはキレイに笑うのだ。今でもその心は軋み、悲鳴を上げているだろうに。
「何が不満なんだ」
「不満じゃない。それどころか満たされすぎてる」
「それなら良いだろ、冗談も大概にしろよ」
「オレは本気だ」
船首に立ち、両手を広げた。まるでどっかの三流映画だ。結末はまだわからない。オレが決着をつけるのかも知れないし、アイツが未来を崩すのかも知れない。
「戻って来い、ロー」
「ダメだよ」
「ならせめて理由を教えろ」
「オレはもうダメなんだ。お前といて本当に幸せだった。許された気になってた。でも、オレは幸せになっちゃいけないんだ」
何をそんなに思い詰めているのかはわからなかったが、浮かべる笑顔はとにかく哀しかった。あまりにキレイすぎる。
ここから一歩、オレが先に進めばアイツはどうするのだろう。冬の海は冷たくて凶暴だ。そんなことは言わずとも知っているのだろうが。
「さよならユースタス屋」
「笑いながらなんつーこと吐かしてやがるこの変態が」
「助けになんて来るなよ、来たら一生軽蔑してやるから」
「‥‥ロー」
「お前はオレが好きだよな?」
そう言い切った途端、ローの身体が舞い上がった。スローモーションにも見えた飛躍のあとに続いたのは、ばちゃん、とリアルな音。
ローが沈んで行く。
最期まで笑顔だったなあの野郎。
「助けになんて行ってやんねェよばーか」
凍える海底でまた会えたら、
(最高の悪態を君へ)
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