やさしくして頂戴
胸騒ぎがする。
あいつが泣いてる気がして、ただの思い過ごしだと自分に言い聞かせた。
久しぶりの埼玉は、暗くて冷たかった。駅から出て走って走って、3年間俺達が白球を追ったあの場所へと向かった。
雨なんか、気になるはずもない。
きっとあそこに阿部はいる。根拠のない確信に導かれて。
「っは、はあ、は‥‥」
「花井はやすぎ‥‥」
「‥‥阿部、は」
目的地に着くと、少し遅れて水谷と栄口もやってきた。一緒に探してもらっておいて悪いけど、俺は1人でずんずん進んで行く。
(あ、)
ホームベースの辺り。
彼のポジションだったそこに、阿部はいた。
「‥‥‥‥」
「あ‥花井、何で、ここっ‥」
ずぶ濡れのまま立ち尽くしている阿部を、無言のまま抱きしめた。その姿を見て、何も言えなかったから。
「花井、はな、い‥‥」
「‥バカ、心配すんだろ」
「ごめん、オレ‥‥」
「もういいよ。何も言わなくて良いから、帰ろう」
諭すように言うと、阿部は弱々しく俺に抱き着いて頷いた。小さく聞こえてきた嗚咽は、きっと雨の音が消してくれるだろう。
首だけ動かして振り返ったら、栄口と水谷が呆れたように笑っていた。少し頭を下げて礼をしたら2人とも優しい表情をして、水谷が口だけで『良かったね』と言ってくれた。そのまま2人で手を振ると、元来た道を帰り始める。
(ありがと。栄口、水谷)
俺の胸騒ぎは見事に的中してしまった。
今にも潰れそうな阿部を抱きしめることしか出来ない俺はただただ悔しくて、ぎゅっと唇を噛み。
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