野球よりも、とは 言えないけど(花阿) 「タカー?花井くん来てくれたわよー」 「おー‥‥って、え?」 怠い身体を何とか起こして自室のドアを見ると、そこには正真正銘西浦高校野球部キャプテン、花井梓が。 「すいません、朝っぱらから」 「そんな良いのよ、それにただの風邪なのに、こっちこそ悪かったわねぇ」 「あ、いえ。勝手に来ただけなんで‥‥」 適当に会話を済ませると、弟に呼ばれて母はリビングに戻った。花井の視線がこちらに移る。 「大丈夫か?」 後ろ手にドアを閉めて、ベッドにいる自分に近付いて来ると心配そうに顔を覗き込む。ああ、と頷くとやんわり微笑んだ。 「何で、朝練は?」 「モモカンに様子見てくるつって許可もらった。学校には行くよ」 「‥‥ふーん」 わざと素っ気ない返事をするのは照れ隠し。ああもう誰だよ、風邪引くと弱気になるとか言った奴。今すごい抱き締めてほしい‥‥ 「‥‥花井」 「なに?」 「いや、その‥‥あ、そうだ。三橋、に」 つい甘えたいということを口に出してしまいそうになり、慌てて出したのはバッテリーを組んでる三橋の名前。 花井の眉が器用に片方だけピクリと動く。これは彼がイラッと来た時の癖だと自分は知っている。それはそうだろう、誰だって恋人と2人の時に他の名前を出してほしくはない。 自分だってそうだ。 「‥‥ごめん」 「良いよ、三橋には俺からちゃんと言っとくから」 「うん」 三年間、怪我も病気もしないと約束した。今日は練習試合ではないけど、謝りたいという自分の気持ちを察したのか、花井は苦笑して言ってくれた。 そういう、すぐに怒ったりしないところが自分は好きだった。いつだって彼は自分に優しくしてくれる。 「なあ、」 すごい、好きだよ花井。 「どうした?」 呼びかけたまま止まった自分に、相手は首を傾げる。熱まだあるのか?と額にその大きな手が触れると、途端に涙が溢れた。 「阿部、何したんだよ」 「‥‥っ、何でもねえ、遅刻、すんぞ」 こんなことで泣くなんて恥ずかしい。花井が触れたところが熱い。ずっと傍にいて欲しくなる。 色んな想いを悟られたくなくて、花井の手を振り払うようにして布団に潜った。 花井は今どんな顔をしているだろうか。我が儘な自分に呆れてる?困ってる?怒って‥‥ 「!‥‥は、花井っ?」 「大丈夫だから、帰りにまた来るから」 「‥‥っ‥‥‥うん」 布団ごと抱き締められて、肩の辺りを撫でながら宥めるように言われると、たちまち気分が落ち着いてくる。 花井は久々の風邪に弱気になっている自分も、甘えたい自分も素直になれない自分も全部、知っていた。知って理解して、愛してくれていた。 「じゃ、行くから。薬ちゃんと飲めよ」 「わかってるよ、梓オカーサン。オレの分も野球頑張ってこい」 布団に潜ったままからかうように言うと、花井が笑った気がした。それから立ち上がる音も。 本音はずっと傍にいてほしい。だけど俺らには野球がある。 小学生の頃から生活の一部で、こう言うのも何だけど、俺らが出会ってからの年月より遥かに長い時を共にしてきた。 花井と野球を天秤に掛けるようなことはしないけど、自分のせいで相手のせいで疎かにするようなことはしたくない。させたくない。 目の下辺りまで布団をずらして顔を出すと目が合った。花井は一言真っ赤だなあ、と言って部屋のドアを開ける。首だけ回して振り向くと、やっぱりいつもの優しい笑顔で手を振って、パタン、と出て行った。 ‥‥次に花井があのドアを開くのはあと何時間後だろうか。 「‥っくそ、早く治そう‥‥」 独り呟いて、再び布団を頭まで被った。 野球よりも優先して、とは言えない、言わないから。 1分1秒でも早く、会いに来て。 (我が儘だってわかってる) (でも仕方ないだろ、オレ病人‥‥なんだから) +−+− はなべ企画に捧げます^^ 素敵題お借りしました。 本当に楽しかったです。 こんな素晴らしい企画立 ち上げて下さった主催者 様方、ありがとうござい ました。 うぁあ。皆さん神なのに 私は果てしなく紙‥orz|| [*Back][Next#] [戻る] |