スピリティド
act.3
「アド……」
クラウサーが、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫だよ? ただ、テミルに嘘ついちゃったな……と思って」
アドリーンは、間引きの事実を偶然聞いたわけではない。村長から直々に聞いた話だ。
「仕方ないよね。テミルは、私の場合とは事情が違うもん。私は……この平和なリリザの村で、唯一、間引かれた人間の身内だから」
クラウサーを握りしめ、アドリーンは呟いた。
「でも、アドは偉いよ。人間と魔族、どちら側にも偏った言い方をしないで、テミルの質問に答えたんだから。憎いはずなのにさ」
「憎くない……わけないよ」
そう言い、ポシェットからところどころ黒く錆びている銀製のバッチを取り出して、それを眺めた。
十年前、アドリーンの家の焼け跡から見つかったものだ。竜のような姿をあしらったそれは、帝国の兵士が身に付ける勲章。
アドリーンの家に火を放ち、両親の命を奪った犯人が、帝国の者だという、その証だった。
「でも、すべての魔族が悪いわけじゃないでしょ?」
「うん、そうだね」
笑顔を見せるアドリーンに、クラウサーはそう答えた。
「悪いのは魔族じゃなくて、帝国の皇帝だよ。独裁者だし……考え方が違うんだよね」
「どうしてこうなっちゃったんだろうね……」
はぁ、アドリーンはため息を吐いた。
「あ、でもね。剣術や槍術、魔術が使える人間は、帝国に傭兵として雇われて、それぞれの故郷のために頑張ってるって話だから、少しずつ変わってきてると思うよ」
「そうなの?」
「帝国に貢献したら、その人の故郷に対して間引き量が少なくなったり、いろいろ特典があるみたい」
「じゃあ、私も魔法の力を磨いて、リリザのみんなのために、貢献しようかな」
アドリーンは、帝国で魔道騎士として働く自分の姿を想像してみた。──かっこいい。
「ムリだと思うよ?」
「な、なんでっ?」
「アドはドジだしおっちょこちょいだし。なにより、魔法が下手」
「そんなこと言わないのー!」
これでもアドリーンは、代々続く魔法使いの家系の生まれだ。
両親が生きていた頃は、よく簡単な魔法を教わったりしていたものだ。
「今からでも遅くないわ。修行して、すごい魔法使いになればいいのよ!」
「うわ。もうやる気になってるよ……」
目標を見つけ、アドリーンはふふ、と笑った。
「魔法を磨いて、帝国で働いて、リリザがお金を払わなくても間引きされないようにして……そしていつかは、間引きをなくすの!」
「あのさ……間引きされなくなったとしても、『階級制度』があるんだからね」
決意に燃えているアドリーンに、クラウサーは控えめに言った。
この世界には、帝国が定めた階級制度というものがある。
その内容では、人間は1番下級の生き物だ。
「じゃあ、階級制度もなくそう!」
「アド、単純……」
「まあ、今の私にできることは……」
「できることは?」
「家の周りをピッカピカに掃除すること!」
「うん……って僕を使うなあぁぁぁ!」
クラウサーの訴えを無視し、アドリーンは意気揚々と掃除に取りかかった。
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