スピリティド
act.5
宿屋の一室。窓辺でノディオの街を眺めながら、ふとアドリーンは疑問を呟いた。
「ねぇ、この街は帝国も手出ししない……って言ってたよね。どういう意味かな?」
「あー、それなら俺も気になってる。おい、ソアラ。お前、何か知ってる?」
「……え?」
考えごとをしていたのか、彼は少し反応が遅れて返事をした。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……」
とてもそうは思えなかったが、追及は止めておいた。彼は椅子に座った姿勢をただし、答えた。
「よくわからないけど、ノディオの街をキアラン家は気に入ってるみたいなんだ」
「ユリアーネちゃんが? どうして?」
「理由は知らない……先代のキアラン家当主も、手出だししてないみたいだよ」
もちろん税穀や階級制度はあるけど、とソアラは付け足した。
「きっと、お花がいっぱいだからだね」
「「は?」」
ソアラとレオは眉を顰め、首を傾げた。
「だって、ノディオの街ってお花に囲まれて、すごく素敵なんだもん」
アドリーンは窓から夜の街を眺めた。街の中心にある花時計がライトアップされて浮かび上がった姿は、幻想的で、とても美しい。
「そうかぁ? 花なんてどーでもいいよ」
アドリーンを横目で見ながら、レオは言った。
「だいたいさ、あのユリアーネが花を見て『綺麗だね』なんて言うと思うかよ? 想像できない」
「で、でも、お花にはそういう力があると思うの」
「まあまあ、そんな話は置いといて、もう寝ようぜ? 明日早く起きて、出発するんだからさ」
「うっ。そう、ね……」
レオはベッドを整え、さっさと横になってしまった。
「おやすみ……ってもう寝てるの!?」
早速、寝息を立てるレオの顔を見て、アドリーンは唖然としたが、彼の眠りの妨げにならないよう、灯りを暗くした。
そして再び、窓辺に舞い戻り、夜の街を眺める。
「……案外、そうかもしれないね」
「え?」
言いながらソアラが近寄って来て、隣りにそっと並んだ。
「さっきの話だよ。花は、荒んだ心を癒やしてくれるのかも」
窓の外を眺めて、彼は言った。
「一度、キアラン家の屋敷に行ったことがあるんだけど、花でいっぱいだった。すごく、綺麗だったよ」
「! うんっ!」
ソアラの言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「そうだよね、こんな綺麗な景色、壊そうと思えないよ。魔族だから、とか関係ないよね。お花は、みんなに安らぎを与えてくれるもの」
「『守護神ゲルランド』と同じように、かな」
「……ゲルランド?」
「あれ。もしかして、キミの住んでた地域では、そんなに信仰されてないの?」
「あ、うん……名前は聞いたことあるけど」
『守護神ゲルランド』。言わずと知れた、世界の守り神。世界中で広く信仰されているが、リリザの村では、熱心に信仰する人はいなかった。
辺境の地にある小さな村だから、そういうことに疎いのかもしれない。
「魔族の間でも、ゲルランドは信仰されてるんだよ。ほら、帝国の兵士の紋章、あれはゲルランドを表してるんだ」
それを聞いて、アドリーンは一瞬、表情を固くした。
「ゲルランドは、世界中に住むすべての人を祝福してるんだって。天の上で、魔族も人間も──みんなを見守ってるんだよ」
「……素敵な神様だね」
アドリーンは微笑み、その守護神の姿を見るように、夜空を見上げた。
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