スピリティド
act.2
「アド、僕じゃなくて普通の箒を使ってよ」
相棒クラウサーで、家の周りを掃除しているアドリーンに、彼は言った。
「いいじゃない、たまには」
「たまにはじゃないっ。いつもだろ!」
「ごめんって。クラウサーで掃除すると、すごく綺麗になる気がするの!」
アドリーンは笑って言った。
「とても大切なお客様が来るんだもん。気合い入れて掃除しなきゃね」
彼女の笑顔を見ると、不思議とクラウサーは、いつも許してしまうのだった。
「あ。こんにちは、テミル」
アドリーンは、向こうから歩いて来た少年に声をかけた。アドリーンより5つ歳下の、元気で明るい少年だ。
しかし今日、テミルは、肩を落としてしょんぼりしている。
「アド……こんにちは」
挨拶する声にも、力がない。
「どうしたの? 元気ないね」
理由は、なんとなく想像がついている。アドリーンがおつかいから帰る途中、彼と母親との会話を聞いたからだ。
だけど、そうとしか訊けなかった。
「アド、魔族っていい人?」
「え、どうなんだろ……テミルは?」
突然の質問に、アドリーンは答えられず、質問を質問で返してしまった。
「僕は……いい人じゃないと思う。だって、『間引き』してるんでしょ?」
『間引き』。人間がこの世界に住む条件として、魔族と交わした密約。
人間の増えすぎを防ぐため、ランダムで人間を処刑するというものだ。
最もここ──リリザの村は、定期的に金を払うことで間引きされることはなく、この村出身の者は、大人になるまで間引きの事実は知らずに育つ。
「僕、パパとママが話してるの聞いちゃったんだ。他の村や町では、毎年人が殺されてるって。……何の罪もないのにだよ!?」
テミルは声を荒げた。それは八歳の子どもが知るには、あまりに理不尽で、残酷な真実だ。
「おかしいよね、その人達が何をしたっていうのさ!」
アドリーンは、未成年でありながら間引きの真実を知っている。だから、テミルの気持ちは痛いほどわかる。だけど──
「うん、そうなんだけど、テミル。私の話を聞いて」
彼に視線を合わせるように、アドリーンは少し身をかがめた。
「間引きのことは、誰にも言わないで? この村は大人になるまで間引きの事実は教えられずにいるから」
「でも、アドが知ってるのはどうして?」
「私……私も、偶然聞いちゃったんだ」
そう言って笑った。上手く笑えたかわからないが。
「テミルが間引きを知ってるってパパやママが知ったら、きっと悲しむから。約束ね? 絶対誰にも言っちゃダメだよ?」
「……わかった。けど、間引きは良いことじゃないよね……?」
うん、と頷くと、テミルはやっといつもの笑顔を取り戻した。
「ありがと、アド! また話そうね!」
「うん、バイバイ」
テミルは元気よく走って去って行った。
その背中を見つめながら、アドリーンはふぅ、と溜め息を吐いた。
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!