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スピリティド


act.3

「すごーいっ!」

 街にたどり着いたアドリーンの初めての感想は、ただただそれに尽きた。

 草原を出発して数時間。途中、帝国騎士団に出会すこともなく、アドリーン達は街に着くことができた。

「自然が豊かだから、おそらくここはサウスエリアだろうね」

 森や草花でいっぱいの景色を眺めながら、ソアラは街道を行く途中でそう話してくれた。そうして辿り着いたのは、彼が言った通り、サウスエリアにある有名な街、ノディオだった。

 色とりどりの花に囲まれ、街の中央には巨大な花時計がある観光都市。幸いにも、ノディオは人間だけが住む街だった。そして──

「確か南方司令部が近くにあるはずだよ。治めてるのは……ユリアーネ・キアラン」

「でも、すごく明るいね」

 街を見回したアドリーンは、そう感じた。とても、すぐそばに五聖人がいるとは思えない。リリザの村の人々は、口には出さなくても常に帝国の影に怯えていた。だが、この街の人々の顔にはそうした暗い影はない。

「ガキだから怖くないんじゃないか?」

「あまり甘く考えない方がいいよ」

「ああ? どういう意味だよ?」

 レオはソアラを睨みつけた。

「先代のキアラン家当主が病で伏せって、もう五聖人を続けられないっていうから、代わりに任命されたのがユリアーネさんなんだ。子どもなのに、それでも先代の推薦があって、しかも皇帝がその意見を認めるほどの人物なんだよ。ただ者じゃないね」

「……もしかして俺、かなりヤバい奴に喧嘩売った……?」

「そうかもしれない」

 青ざめるレオに、ソアラは冷たく言い放った。ますます青ざめるレオの背中を、アドリーンは軽く叩いた。

「大丈夫よ。ユリアーネちゃんなら許してくれる気がするの」

「もうちゃん付けかぁ?」

 レオは苦笑いを浮かべた。その時、急に街の中央の方が騒がしくなって振り向いたアドリーン達は、そこから駆けてきた人が、慌てふためきながら声を張るのを聞いた。

「た、大変だ! 帝国騎士団がやって来た! 広場に集まってるぞ!」

 それを聞くと、人々は一斉に走り出した。

「私達も行こう!」

 アドリーンはそう言って駆け出し、ソアラが止める声に耳も貸さなかった。

 多くの人々が集まり、遠巻きにしているのを見て、アドリーンは胸の前で組んだ手を、強く握った。

「一体何なんだよっ。帝国の奴ら……」

 追いついたレオが、拳を震わせた。ソアラも息を呑み、事態を見ている。

 広場の中央にある花時計の前に、帝国騎士団が数名いて、街の長らしき人物の他、数人の男達と向き合っていた。

 その帝国騎士団の中心にいる人物は、他の者と格好が違っていた。エメラルドグリーンの髪、スレートグレイのローブを羽織った若い男──

「オルハンさん!」

 アドリーンは叫んだ。レオも、彼の存在に気づいたようだ。

「お、ホントだ。こんなとこであの人に会えるなんて、ラッキーじゃん。屋敷に戻れるし、助かったな」

「あれは、オルハン先生じゃないよ」

 しかし、ソアラは誰にも聞かれないように囁いた。

「はぁ? どう見たってオルハン・リグレだろっ」

「そうだよ……オルハン先生じゃない。オルハン・リグレさ」

 ソアラはそう言って唇を噛んだ。

 彼の言葉の意味を、アドリーンはわかってしまい、ハッとした。今のオルハンは、アドリーンの知っている、優しい彼ではない──帝国に仕える、魔道将軍だ。


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