スピリティド
act.1
「なにが『仲良く平和に暮らした』だよ」
おそらく『人類誕生』という、人間の誕生秘話を綴った本を読んだであろう少年が、そう声を上げた。
「全然仲良くないじゃないかっ。魔族なんか嫌いだ!」
「こらっ。そんなこと言うんじゃないよ。聞かれたらどうするの」
少年の母親が彼をたしなめた。
「……私達がこの世界に住めるのは、勇敢に魔物と戦った英雄と、それを認めてくれた魔族のおかげなんだから。認めてくれなかったら、人間は住む場所を失っていたわ。認めてくれた魔族に感謝しなきゃいけないの」
「でも……僕は感謝できないよっ」
その親子の会話を、アドリーンはずっと聞いていた。昔、アドリーンも同じような会話をしたことがある。その相手は、もういないけれど。
「アド、どうかした?」
「クラウサー……ううん、なんでもないよ。帰ろっか」
アドリーンは、手に持つ箒に答えて歩き出した。
彼女を“アド”と愛称で呼ぶ箒──クラウサーは、人格を持つ不思議な箒だ。
彼女が家の蔵の中で瓦礫の下からクラウサーを引っ張り出して目覚めさせてから、良き相棒となっている。
「ただいま」
「おかえり、アド。」
扉を開けると、いつものように村長が暖かく出迎えてくれた。
ここはアドリーンの本当の家ではない。彼女の家は、数年前に火事で焼けてしまったのだ。
その時に両親もみんな亡くなり、身よりのないアドリーンを村長が引き取って今に至る。
今では本当の家族のような存在だ。
「アド、おつかいの品はもらって来たかね?」
「うん。バッチリだよ。オマケもしてもらっちゃった」
えへっと笑って、アドリーンは手に提げたかごから、葡萄酒と葡萄のタルトを出した。
村で葡萄棚を持つ、ディック夫婦からもらって来たものだ。
「ありがとう、アド」
「そんなに大切なお客様が来るの?」
葡萄酒を大事そうに直しに行った村長に、アドリーンは聞いた。
葡萄酒は貴重な出荷品で、めったに村の人は飲まないのだが、明日は特別な人が村を訪ねて来るということで、おもてなしのために村長からおつかいを頼まれたのだ。
「ああ、そうだよ。その方が以前、村に来たのは……百年前だったかな」
「ひゃ、百年!?」
アドリーンは思わず驚きの声を上げた。
「そうそう。わしが十歳の時だったよ」
「……スゴくご年配の方が来るのね」
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