スピリティド
act.5
男はゆっくりと振り返った。
年の頃は、二十代後半だろうか。銀色の髪を背中でひとつに束ねていて、美しい、といっていい顔は、どこか厳しく、隙がない。
男は髪と同じ色の瞳で、アドリーンを達を一瞥すると、小さく頷いた。
「……無事だな」
「あ、あの」
おぼつかない足取りで近づきつつ、そう言った村長の声に、男は振り返った。濃紺のローブが翻る。
「もしやあなたは、カデシュ様では……?」
「そうだ」
それを聞くと、村長の顔が喜びに輝いた。
「ありがたや! いまこの時においでくださるとは」
村長は男──カデシュに手をあわせ、深々と礼をした。
********
「さっきは危なかったね……」
「なによ。クラウサーは来なかったクセに」
村長の家に招かれたカデシュを、窓の外から覗いていたアドリーンは、そう言った。
「アドが僕を放り出すからだろ。すぐに後を追いかけたさ」
言って、クラウサーはため息を吐いた。
「まあ、アドがテミルを庇おうと飛び出したのを、僕は見てることしかできなかったけど……」
「いいよ。それより、あのカデシュって、何者かな」
「……大賢者だよ。有名な」
「だ、大賢者!?」
アドリーンは驚いた。大賢者とは、存在する魔法をすべて熟知し、極めた魔法使いの名称だ。
この世界に1人しかいないと聞くが、まさか、それがあの男だとは──
「……大賢者に学べば、少しでも早く魔法を覚えられるかな」
ポツリと言ったアドリーンの言葉を、クラウサーは聞き逃さなかった。
「アド、まさか……」
「よし、決めた!」
クラウサーが止める言葉に耳を貸さず、アドリーンは村長の家の扉を開けた。
「カデシュ様、私を弟子にしてください!」
「断る」
家に入った瞬間、そう言ったアドリーンに、カデシュは言い放った。
「……もう少し考えてくれても……」
「これ、アド。いきなり何を……」
村長が驚き、アドリーンに近づいて来る。
「あの、私、少しだけなら魔法を使えるんですけど……もっと腕を上げたいんです!」
アドリーンは、自分の熱意が伝わるよう、男を見た。その視線を真っ直ぐに受け止め、カデシュは表情をまったく変えない。
「魔術の腕をあげて、何を成したいんだ、お前は」
「成したいんじゃありません! 成し遂げなければならないことがあります!」
カデシュの顔に、ほんの少しだけ、驚きの色がまじった気がした。じっとアドリーンを見つめてくる。
負けじと、アドリーンも真剣な目つきで、カデシュを見つめ返す。
「……どうにも弱いな」
小さくそう聞こえ、やがて、カデシュの肩が微かに落ちた。
「……わかった」
「カデシュ様?」
村長を振り返り、カデシュは言った。
「村長、しばらくこの娘を預からせてもらいたい」
「は、はあ……カデシュ様がおっしゃるなら……」
それを聞き、再びアドリーンに向き直る。
「娘、名は何という?」
「アドリーンですっ」
「そうか。……では、ついて来い」
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