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妖戦雲事変




「どうやって助けるんだ?」

 レイグスの隣に屈み込み、圭介は訊いた。すると、彼はおもむろにポケットに手を入れる。そして、再び出した時に手に握られていたのは、圭介の血が付いた、あのハンカチ──

「黄金比の血は、生かすことにも使える──そうだろう?」

「! う、うん……っ」

「助けると言っても、話ができる程度だ。お前の血を飲ませて完全に回復されたら危ないからな」

 そう言い、レイグスはハンカチを、蛇沙那の口に当てる。しばらくそうしていると、やがて蛇沙那は、瞼をゆっくりと開いた。

「蛇沙那!」

 ぼんやりした目で圭介を見る。だが、レイグス達に気づくと、不敵な笑みを浮かべた。

「……玉兎銀蟾、か。今なら僕にとどめを刺せるよ。もう立つ力も残ってないし」

「そんなこと言うなよっ。レイグスが、お前を助けたんだぞ」

 圭介の言葉に、蛇沙那は沈痛な顔になった。レイグスはしばらく蛇沙那を見つめ、やがて口を開いた。

「……もう、俺達を付け回すのはやめろ」

 諭すようにレイグスは言った。

「前世で何があったのか、詳しくは知らない。よく聞く言い伝えによれば、酒呑童子は不意打ちで倒されたらしいな。お前も酷い目に遭わされたんだろう。けど、前世は前世だ。過去に縛られたまま、お前は前に進まないつもりか?」

「……同じようなことを、何度もあの女に言われたよ」

 レイグスの話を、蛇沙那は静かに聴いていた。“あの女”とは、ブリジットのことだろう。彼女は伊勢と蛇沙那に、今を正しく生きてほしいと願っていた。

 蛇沙那は呼吸を整えるようにゆっくりと深呼吸をすると、静かに言った。

「だけど……過去に縛られてるのは、頼光の方じゃないかな」

「なんだって?」

「僕はキミ達のこと、恨んでいないと言えば、嘘になる。でも、僕がキミ達の前に姿を現したのは、なにも殺そうと思ってのことじゃなかった。まぁ、勘違いした組織の連中がキミ達を守ろうと攻撃してきたから、返り討ちにしたけど。正当防衛さ」

「じゃあ、なんで俺達の前に現れる?」

「……頼光がいたからね」

「頼光って、かなぎ様のこと……だよな」

 源頼光──四天王と甥の保昌を率いて、伊勢を倒した人物。そして、玉兎銀蟾の指導者、かなぎ様は彼の生まれ変わりだ。

「あいつがかつての臣下の生まれ変わりを集めてるのは、伊勢を殺すため……そうでしょう?」

「……ああ、そうだ。幸運にも生き返ったところを悪いが、倒されてもらうぞ。茨木、お前にもな」

 レイグスの答えに、蛇沙那は皮肉めいた笑みを浮かべた。

「幸運、か。伊勢が生き返ったの、偶然だと思ってるの? ──違うよ。頼光がやったんだ」

「ちょっと待て」

 ずっと黙っていた弦之助が、突然話に入ってきた。

「確かにかなぎ様は、森羅万象──自然界のあらゆるものを操れる。しかしの、生き物の生と死は道理だ。いくら対象が妖でも、生き返らせるなんてできんと思うがの」

「それができるんだよ。アイツは……黄金比で、しかも、神便稀毒酒を飲んだからね」

「かなぎ様が、黄金比!?」

 思わず叫んでしまうほど、圭介は衝撃を受けた。黄金比は、本当に珍しく、稀なものだ。それなのに、この十六夜村には、自分の他、2人も黄金比がいる──

「あ……と、その飲み物。それどっかで聞いたような……」

「頼光が使った、酒呑童子を倒す決め手になった神酒だ」

とレイグスが言った。

「けど、そんなの千年も前の話だ。現代に残ってるわけがない。そんな酒を、かなぎ様がどうやって飲むことができる?」

「今飲んだわけじゃない……飲んだのは、遥か昔。神便稀毒酒は、人が飲むと神の力を得ることができる酒……そのせいか、かなぎは──頼光は、千年経っても姿がまったく変わってない」

「お、おいおい……どういうことだよ? 千年前って言ったら、頼光本人が生きてる時代……だよな? かなぎ様は頼光の生まれ変わりじゃないのかよ?」

 それを聞き、蛇沙那は溜め息を吐いた。

「……キミ達、あんなに近くにいて、気づいてなかったんだ。かなぎは生まれ変わりじゃない──頼光本人だ」

 彼はそう断言したが、正直、圭介は返答に困って何も言い返せなかった。レイグスや弦之助も、訝しげに蛇沙那を見る。

「なんで年を取らないのか、死んだ者を蘇らせることができるのか、その理由は僕の予想だけど。わざわざ生き返らせてまで、なんでもう一度伊勢を殺す必要があるのか、それは検討もつかない。……本人に聞いてみないとね」

 そこまで言って、蛇沙那は静かに目を閉じた。


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