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妖戦雲事変




「でも……かなぎ様って、手段を選ばないよね。人を妖からを守るために、人を犠牲にするなんて……」

 ブリジットは言い、溜め息を吐いた。

「弦之助もそうだと思うけど……ホントはさ、あたしもレイグスと同じ。嫌なんだよね、あんたを殺すの。あんたじゃなくても、人を手にかけるのは嫌だよ。インサーニアや朱刃も、そうだと思う」

 2人は何も答えなかった。だが、インサーニアは目を伏せ、朱刃は微かに震えだした。

「怖い……かなぎ様が怖い……」

 朱刃が──否、彼女の持つ雲外鏡が、言葉を発する。

『言うこと聞かなきゃ、助けてもらえないっ。でも、殺すのは嫌だよ……っ』

「朱刃ちゃん……」

 スザアは安心させようと、朱刃の頭を優しく撫でるが、彼女の震えはますますひどくなる。たまらなくなり、圭介は声をかけた。

「そんなに怯えなくて大丈夫だって、朱刃。俺は、ここにいるから」

「……朱刃。わかったから、ね。圭介は死なないよ」

 ブリジットは優しく彼女を抱きしめ、自分の胸にその顔をうずめさせた。雲外鏡を放り出し、朱刃はブリジットにすがりつく。

 そんな2人を見るインサーニアの顔は、今にも泣き出しそうに見えた。瞳に、涙はなかったけれども。

 責務と倫理の板挟み。彼らの求める救済は、責務を果たし、倫理を超えた先に与えられる。──なんて、酷なんだろう。

 誰もが無口になった。何が一番の解決策なのか、どうすればこの状況を打破できるのか、誰にもわからない。答えのない問いを吐いても、虚しく、辛い思いを掻き立てられるだけのことだ。

 本当は、圭介は何か言いたかったのだが、何を言ったらいいかわからなかった。何を言ったら、彼らの背負うものを少しでも軽くできるだろうか。

 その沈黙を破ったのは、弦之助の一言だった。

「圭介、そろそろヤバいんじゃないのかの?」

「え、何が?」

「もうじき日の出だ。帰った方がいい」

 康彰は留守だが、外が明るくなれば、家に住む妖達が起きてくる。圭介がいないことに気づき、夜中に家を抜け出したことがわかれば、彼らは康彰に伝えるだろう。並みの説教では済まない。

 正直、圭介は怒られることなんかどうでも良かった。今はこっちの方が大切──だが、弦之助が気を遣って言ってくれているのが、嬉しかった。それに、自分が居座って皆の帰宅を長引かせるわけにもいかないだろう。

「じゃあ……そろそろ帰るよ」

「そうだね。あたし達も帰ろっか。スザア、弦之助。圭介を送ってってあげて。朱刃はあたしが送って行くよ。インサーニアも一緒においで」

 インサーニアは黙ってブリジットのそばへ寄った。朱刃も頷き、彼女の手を握る。すっかり落ち着きを取り戻したようだ。

「ほれ、朱刃。雲外鏡、放り出したの忘れてる」

 弦之助が雲外鏡を拾おうとかがみこんで手を伸ばす。だが、その動きが、雲外鏡に触れる手前で──止まった。

「弦之助?」

 声をかけるが、返答がない。目を見開き、ただ黙って雲外鏡を見つめている。

「……見たの?」

 朱刃が弦之助に歩み寄り、そっと訊ねる。

「……いや、何も」

 弦之助は振り切るように雲外鏡から目を逸らし、そう答えた。拾い上げると、それを朱刃に渡す。彼の顔には微かに笑みが浮かんでいたが、言葉通りには思えなかった。

 雲外鏡は、心の闇をうつす。きっと、何か見えたのだ。

「……じゃあ、あたし達は行くね」

「うん、気をつけて」

 去っていくブリジット達の背中を見送り、ふと、圭介はスザアがずっと俯いているのに気づいた。

「スザア? どうしたんだ?」

 訊ねると、彼は静かに、小さく答えた。

「……かなぎ様って、恐ろしい人なんだね」

「──! ……そう、だな……」

 組織でのスザアの立場では、かなぎの姿を目にすることはできない。想像するしかないのだ。玉兎銀蟾の指導者は、彼の中で、一体どんな風にうつっているのだろう──

 だが、今回のことで、絶対の存在は彼の中で──他のみんなの中でも、残酷なものになったに違いない、と圭介は思った。


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あきゅろす。
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