妖戦雲事変
弐
意を決し、圭介は茂みから出た。
「よ、よぉ……元気? なんて……」
「圭介……あんた、今の話、ずっと聞いてたの?」
「はは……聞いてたような、聞いてないような……」
笑ってごまかそうとしたが、弦之助は肩を竦めた。
「お人よしだの、お前は。そんなこと言って、今ここで襲われたらどーするよ? 守ってくれる人はいないわけだし?」
「やめなよ。怖がらせてどうするのさ」
弦之助を窘め、ブリジットは圭介に向き直った。
「正直、ホッとしてるんだよ。あんたが死ななくて」
「……かなぎ様って、あんた達にとって大切な存在なんだな」
彼らにとっては、かなぎ様が絶対。かなぎ様という存在はあまりにも大きく、それ故に彼の命令が全てだ。今までのやり取りを見聞きして、そんな風に感じた。
「かなぎ様は……俺らを救ってくれるからの。前世の因縁から」
ポツリと弦之助が呟いた。
「圭介。あたし達がそれぞれ、頼光四天王の生まれ変わりってことは知ってる?」
「ああ、レイグスから聞いたよ」
「じゃあ、蛇沙那──茨木童子に狙われてることは?」
「蛇沙那が、あんた達を狙ってる……?」
「ほら、あたし達に前世の記憶はないけど、蛇沙那はあたし達に、頼光四天王の姿を見てるでしょ」
確かにそうだ。だからこそ蛇沙那は、ブリジット達のことを前世の名前で呼ぶ。彼だけではない──伊勢もだ。
「茨木は、俺らがガキの頃から姿を現してた。よっぽど恨みがあるらしい。でも、ガキの俺らに身を守る術はなかった」
俺は今もないがの、と弦之助は笑った。
「そんなあたし達を、玉兎銀蟾が──かなぎ様が守ってくれたの。でも、組織の大半が蛇沙那にやられたよ」
伏し目がちにブリジットは言った。
きっと彼らは、幼い頃から圭介の想像以上に辛く悲しい経験したに違いない。怖い思いをしたに違いない。──かける言葉が、見つからない。
「レイグスも……解放されたいって思ってるかな……」
「そりゃそうでしょ。そのせいで、たくさんの人が犠牲になったんだからさ。今はもう、自分の身はなんとか守れるようになったけど、一生付けまわされるの嫌だよ? 蛇沙那が死ぬか、あたし達が死ぬまで」
「前世の因縁からの解放って、それってどんな方法なんだ? ……やっぱり、蛇沙那を殺す、とか?」
「たぶんね。蛇沙那は強いから、簡単には倒せない……かなぎ様もいろいろ準備してるんじゃないかな」
「酒呑童子も復活したしの。頼光と四天王と甥っ子……生まれ変わりの誰が欠けても、不可能だ」
そう言い、弦之助はブリジットを、朱刃を、そしてインサーニアを見た。
「しかしまぁ、レイグスをどうするかだな。かなぎ様、前世では上手く俺らをまとめてたんじゃないのかの」
「え……?」
きょとんとする圭介を、弦之助は少し驚いた風に見た。
「なんだ、圭介。気づいてると思ってたが……知らなかったかの? かなぎ様は──頼光の生まれ変わりだ」
「頼光と四天王と、その甥っ子。前世と同じでしょ、組織での立場が」
イマイチよく飲み込めない圭介に、ブリジットは説明を付け加えた。
言われてみれば、その通りだ。玉兎銀蟾を統べる者の下に、四天王の生まれ変わりである幹部4人。そして、唯一かなぎ様と直に話すことを許されているレイグス。玉兎銀蟾の指導者は、かなぎ様は──
「頼光の……生まれ変わり……」
そう考えれば、すべて納得がいく気がした。かなぎの伊勢や蛇沙那へ対する言動も、組織に生まれ変わりが揃っていることも。
「かなぎ様は、生まれ変わりとして責務を果さたすつもりだ。茨木と──復活した酒呑童子を倒す。頼光らは茨木は倒せなかったらしいからの」
「そっか……かなぎ様、だからみんなを集めたんだな……」
もう一度みんなで、前世の宿敵を倒す。これ以上、被害者が出ないように。そして、因縁にケリを付けるために。
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