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妖戦雲事変




 砂に水が染み入るように、ブリジットが何を言っているのかがわかると、圭介は背筋が冷たくなった。レイグスも戸惑いを隠しきれず、微かに声が震えている。

「何、だって……? 圭介を処理……?」

「わかんない? 処理よ、処理。殺すってことだよ!」

 ブリジットの口調はきつかった。

「落ち着け。殺すとは、ちょいと違う。圭介は、酒呑童子への奇襲に巻き込まれ、死ぬ。そういうシナリオだったんだ」

 弦之助が彼女の言葉を噛み砕いて説明した。

「なんで、圭介が死ななきゃならない……?」

「邪魔だと判断したからの、かなぎ様が」

 弦之助は言い、朱刃を見た。

「ほれ、朱刃。言ってやれ? 雲外鏡で見たこと」

「……圭介、酒呑童子に血をあげた」

 淡々と、囁くような小声で朱刃は呟く。

「怪我がみるみる治った。圭介がいる限り、あいつは無敵。だから圭介、邪魔だよ……」

「待てっ。それは、圭介が望んでのことじゃないっ」

「だとしても……一緒にいることに変わりはないから──死ぬべき」

 冷たく言い放つ朱刃の言葉を聞いて、圭介は血の気が引きそうだった。

 たった一度でも血をあげたことは、伊勢に味方したということになる。玉兎銀蟾にとっては敵も同然かもしれない。

 だが、それでも朱刃とは一番長く学校で一緒だった。彼女の兄とも仲が良かったため、卒業してからも交流がある。そんな圭介を、当然のように殺すべきだと言う朱刃の発言に、愕然とした。

「かなぎ様、優しい人だよ。あたし達が『顔見知りの圭介を手にかけるのは、心苦しいだろう』って。だから『直接手を下さず、巻き込まれたっていう“事故”の形で、始末を付けよう』って。そう言ってくれたの。わかってくれるよね?」

 悟すようにブリジットは言ったが、レイグスは首を振った。

「それのどこが、優しいんだ! けっきょく殺すってことだろ!」

「ああ、そうさ。だけど、かなぎ様に従わないと──あたし達は、救われないよ?」

 彼女の言葉に、レイグスはハッとして視線を逸らした。

「かなぎ様だけ……救ってくれる」

 おもむろにインサーニアが口を開いた。

「絶対の存在……かなぎ様、救ってくれる──だから従う……」

「かなぎ様かなぎ様って……そんなにあいつが大事か!」

 レイグスは堪えきれないといった風に怒鳴った。

「妖に弱い立場の人間を守るのが、玉兎銀蟾の使命じゃないのか!? なのに、なんで圭介を──っ!?」

 突然、異形と化したインサーニアの右腕が、レイグスの口を塞ぎ、言葉の先を遮った。

「かなぎ様、悪く言うな……」

 低い声で唸り、レイグスの首も一緒に覆ったまま、その身体を持ち上げる。

「インサーニアッ! やめてっ。死んじゃうよ!」

 スザアは叫び、右腕に掴みかかってレイグスからそれを引き離した。

 地面に落下し、噎せるレイグスの背中をさすり、スザアは彼を護るように、その前に立った。


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あきゅろす。
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