妖戦雲事変
肆
圭介は言葉を発しず、またスザアも一言もしゃべらなかった。
「そういえば、お前、黄金比なんだってな?」
圭介は、スザアへの質問で沈黙を破った。
「え……誰から聞いたの?」
彼の顔に、戸惑いの色が浮かぶ。
「蛟龍が……」
「そう。蛟龍に会ったんだね」
「うん。治してほしい物があって。だけど、お前の許可がいるんだってさ」
「治してほしい物、か。何か聞いてもいい?」
「……狂骨の骨。粉々に砕けたんだ」
そうして、骨が粉々になった経緯を簡単に話した。
「なるほど。だから蛟龍に治ったと思わせてほしいわけね」
「思わせる?」
「あ……ううん、なんでもないよ。でも残念だなぁ。許可してあげたいところだけど、蛟龍の力は今、他のことに使うわけにはいかないんだ。……愛する人のために」
「愛する人のため……?」
「うん。僕の長年の夢が、もう少しで叶うんだ。大切な仲間の幸せのためにも、今はダメなんだ」
「そうか……」
それを責める気にはなれなかった。何か深い事情があるのだろう。
「終わったら、圭介君の力になれるよ。待っててくれる?」
「ああ。狂骨には何とか言っとくよ」
「うん。ごめんね」
「? ……ああ、いいよ」
妙な感じを覚えた。前にも、スザアに謝られた気がする。
圭介の家の手前で、スザアは歩みを止めた。
「僕もう行かないと。あ、猫さん、ちゃんと拾って帰りなよ。バイバイ」
「え?」
突然で、すぐに理解できなかった。が、そういえば、あの時の騒ぎのまま──
いったん家に帰ることも考えたが、やはり猫さんが心配だ。圭介の足は再び満月森へと向いた。
「なんで、スザアは猫さんとはぐれたこと知ってるんだ……?」
そんな疑問を呟きながら森に入ってすぐ。何人かの人影と、話し声が聞こえた。茂みに隠れながら近づくと、それは、玉兎銀蟾の四天王とスザアだった。
声をかけようとして、足が止まる。レイグスから言われたことが、フと頭をよぎったからだ。と──
「スザア、お前……」
レイグスが現れた。やはり声をかけなくて良かったとホッとした瞬間、彼はスザアに歩み寄り、その服を掴んでねじ上げた。
「お前、自分が何をしたかわかってるのかっ」
「何をって何?」
ツラそうに顔を歪めるレイグスを、スザアは静かに見つめた。
「……とぼけるな。丑三つ時、満月森で、圭介を弓で射抜いたのはお前だろ……っ!」
レイグスの言葉に、圭介の心臓は大きく、どくん、と跳ねた。
今、レイグスは何と言った? あの矢を放ったのは、スザアだと──?
「そうだよ」
スザアはあっさり肯定し、レイグスの手を払った。
「圭介君の血で、酒呑童子と茨木を誘き出す。そこにブリジットとインサーニアが不意打ち、かなぎ様が強力な一撃を食らわす。なかなかいい奇襲作戦だと思ったんだけどね。キミのせいで、失敗に終わったよ」
「ま、待て。どういうことだ? 俺のせいで酒呑童子と茨木を倒せなかったって言うのか? 俺は、お前達の邪魔した覚えは……」
「レイグス。酒呑童子に痛手を負わせるだけじゃないんだよ、この作戦」
そう言って、ブリジットは目を伏せた。
「……圭介を、この件に乗じて処理する算段だったの」
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