妖戦雲事変
壱
その言葉は、的を射ていた。すべて、圭介が何度も思っていることだった。
「やめてあげて……」
そう言って、圭介の肩に誰かが手を置いた。
「! インサーニア……ッ」
インサーニアの表情は落ち着いていて、冷たい印象を受ける。だが、その温もりに、泣きたくなるほど安心感を覚えた。
「朱刃の鏡……いろいろ写す。ツラいなら、鏡に写るな……」
朱刃が後ろに回していた手を、前に出した。その手には、紫と水色の立派な装飾が付いた、大きな鏡があった。その時──
「嫌だ。こんなツラい思い、もう嫌だ。早く解放されたい。かなぎ様なら、助けてくれる──」
朱刃の声が聞こえた。だが、彼女がしゃべっていないことは明白だ。聞こえてきたのは、鏡から。
『解放シロ……!』
続いて聞こえたのは、インサーニアの声。それもまた、鏡から聞こえてくるのだが、しゃがれていて、様子がおかしい。
『我ヲ解キ放テ。コンナ体ニ閉ジコメテ……許サンゾ……!』
それを聞いた途端、インサーニアはビクッと体を震わせ、鏡を避けるように圭介の後ろへ隠れた。
「どうした? ……っ!?」
そして圭介は、目を瞠った。鏡に写った圭介の後ろに、巨大な鉤爪を持ち、全身が棘に覆われた怪物が見えたのだ。
「まさか、これ……」
──インサーニア、なのか。
「やめてあげな」
そんな制止の声と共に、ブリジットが現れた。スッと鏡が曇り、写っていたものすべてが消える。
「ブリジット! 何なんだよ、これ!?」
圭介は鏡を指差して言った。
「……雲外鏡だよ。鏡の付喪神みたいなものかな。写したモノの真実の姿を写すの」
「真実の姿……」
「もしかして、何か言われた?」
ブリジットの質問に、ぎこちなく頷いた。
「そう……朱刃の声を借りて雲外鏡がしゃべってるだけさ。人の神経を逆なですることしか言わないからね。……ま、それが当たってるから、余計腹立つんだけど」
はぁ、とブリジットは溜め息を吐いた。
「で、でも、俺の声も聞こえた……!」
「雲外鏡は、心の中に秘めてることも全部、写してしまうからね。しかも厄介なことに、それを本人の声でしゃべってしまう」
「そんな……確かに、あれは俺が思ってたことだけど……」
あくまで“心の中”だけで思っていたことだ。思うのと、口に出すのとは違う。例え思ったとしても、口に出さない方がいいこともある。口に出してはいけないこともある。
それを朱刃に聞かれてしまった。自らの内に秘める醜態をさらけ出したようで、圭介はなんとも言えない気持ちになっていた。
「気にするんじゃないよ」
それを察してか、ブリジットは優しげな微笑みを浮かべた。
「……誰にだって、そういう部分はあるもんだから」
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