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妖戦雲事変




 伊勢は地面から矢を引き抜いた。矢先に付いている微かな赤い液体を見て、

「お前の血だな」

 そう判断した。

 矢がひとりでに飛んでくるわけがない。つまり、誰かが故意に矢を放ったことになる。一体誰が──

 そんな考えに行きついた時、突然、辺りに殺気が満ちた。その瞬間、伊勢と蛇沙那に向かって何かが飛びかかる。2人は、ギリギリでそれを交わした。

 彼らがいた場所には剣が突き刺さり、地面が陥没していた。それをやったのはブリジットと、桑色の髪をした人物。確かインサーニアという名前だったろうか。

 最初に出会った時は後ろ姿だけで、男か女かわからなかった。しかし顔がはっきり見えている今も、その整った容姿から性別を判断できない。

「やぁ、綱。不意打ちで来るとは、やっぱり卑怯だな?」

 からかうように伊勢はブリジットに言うが、彼女は何も答えなかった。

「そして……」

 続いて伊勢は、インサーニアの美麗な顔を見つめる。

「金時、だな? 美人に生まれ変わったもんだ。今は男? 女?」

「酒呑童子……」

 言うなり、インサーニアの右腕が、変貌した。それは引きずるほど長く、恐ろしいほど大きな鈎爪が生えていた。

「な……っ」

 インサーニアの身体からは、赤黒い靄が滲み出ている。思わず圭介は息を飲んだ。一方、伊勢はそれを面白そうに眺める。

「……ふーん。ただの美人ってわけじゃなさそうだな」

「倒す……」

 インサーニアは腕を振り上げた。伊勢は横に飛んでその一撃を避ける。大地は大きく陥没し、それが、インサーニアの膂力がいかに強いかを表していた。

「インサーニアにはイーラが憑いてる。油断しないことね、酒呑童子!」

 ブリジットの得意げな声を聞き、以前スザアが言った言葉を思い出して、やっと合点がいった。

 インサーニアには、確かに憑いてる。イーラという妖が──

 妖気を感じるも、それはインサーニア自体ではなく、内側から感じるのだ。それも、ただらなる気配。だから蛇沙那は、インサーニアのことを“化け物”と呼んだのか。

「蛇沙那」

 ブリジットは静かに、剣先を蛇沙那に向ける。

「決着つけようじゃない」

「……いいね。やろうか!」

 蛇沙那の右手の爪が、スッと長く伸びる。それを待ってから、ブリジットは蛇沙那に向かって走った。ぎぃん、と刃が噛み合ったかのような音が響いて光が散る。伊勢とインサーニアも、それぞれ対峙する。眼前で繰り広げられる光景に、圭介は目を眇めた──

「圭介!」

 突然、名前を呼ばれ、圭介は誰かに引き寄せられた。

「あ、あんた……っ」

 それはレイグスだった。蛇沙那に刺されて以来、彼の姿を見ていなかったので、気になっていたのだが。精悍な顔つきは以前と変わっておらず、元気そうだった。


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