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妖戦雲事変




「疲れてるなら早く帰ろう。こんな夜中に家を出たなんて康彰が知ったら、怒られるよ?」

「わかってるよ」

 康彰は会合が泊まりがけになったと連絡があった。つまり、今夜は家にいない。夜中に家を抜け出すのに、これ以上好都合な日はないだろう。

「……でも、こっちには事情があるんだ」

 呟き、圭介は例の紙切れを取り出して眺めた。と──

『ごめんね』

 そう聞き覚えのある声が辺りにした瞬間、何かが飛んできて、圭介の腕を掠めた。

「う……っ!?」

「圭介!」

「……っ。離れろっ!」

 肩に乗る猫さんを振り落とし、圭介は腕を押さえてうずくまった。そこから、血が流れ出す。血に触れたら、猫さんは消えてしまう。振り落とすなんて乱暴なやり方だが、それだけは避けたかった。

「け、圭介……早く傷をなんとかしないと……」

「わかってるっ。わかってるから……離れろよ……」

 その時、何かが茂みを掻き分ける音がした。それはどんどん近づいて来る。

「け、圭介……」

 猫さんの声が震えている。彼の様子と、自らが感じる気配で圭介はわかっていた。それが妖で、強者だということを。黄金比の血の匂いを嗅ぎつけて、やって来たに違いない──

「……やっぱり、お前か」

「蛇沙那っ。なんでここに……」

 何が現れるかと身構えていたが、見知った妖の登場で圭介は拍子抜けた。

「あ、まさか……満月森に呼び出しの手紙書いたの、お前か?」

「何のこと? 僕はたまたま散歩してたら、いつもより強く黄金比の血の匂いを感じたからここに来ただけ。案の定、怪我してるじゃないか」

 そう言い、蛇沙那は圭介にゆっくりと近づく。忘れていたが、蛇沙那は上級の妖だ。しかも、三度に渡り圭介を襲った──

 体を強ばらせる圭介の前で、蛇沙那は立ち止まると、おもむろに服を脱ぎ始めた。

「な、なに脱いでんだよ……っ!?」

 だが蛇沙那は答えず、服を腹までずらすと、胸に巻いてある晒しをほどき始める。適当な長さまでほどくと、それを切り、そっと圭介の腕に巻いた。

「蛇沙那……」

「ここ縛っておけば、大丈夫じゃないの? 僕にはよくわからないけど」

「あ、ありがと……」

 彼の予想外の行動に戸惑ったが、圭介はぎこちなく礼を言う。

「勘違いしないでくれる? 助けたつもりないから」

 しかし、蛇沙那はそっぽを向いた。と──

「! 伊勢……」

 一際強い妖気を感じ、振り返ると、伊勢が立っていた。

「蛇沙那、お前……」

 怪我をしている圭介を見て、伊勢は蛇沙那を睨みつけた。察して、圭介は慌てて弁解する。

「あ、違うんだ。蛇沙那は助けてくれて……」

「誰にやられた?」

「それは、わからないけど……」

「あれじゃないの?」

 蛇沙那の視線の先を、圭介も見る。圭介の腕を掠めたそれが、地面に突き刺さっていた。

 それは──一本の矢。


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あきゅろす。
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