妖戦雲事変
弐
「よっ。レイグス」
岩肌が剥き出しになった崖に作られたベランダから、ぼんやりと村を眺めていたレイグスは、自分を呼ぶ声に振り返った。
「弦之助……」
それは先ほど、かなぎのそばにいた十字架と鎖をあしらった着物の男だった。レイグスと親しい友人である彼は、横に並んで手すりに寄りかかった。
「レイグス」
「なんだ?」
「もう、止めとけ。圭介に関わるの。かなぎ様の言うことは最もだ」
弦之助の言葉に、レイグスはピクッと体を震わせた。
「酒呑童子が──あいつが、圭介のそばにいるんだぞ。大丈夫だと思うのか?」
「思わない。しかしの、簡単に勝てる妖じゃない。例えお前が、保昌の生まれ変わりだとしてもな」
「……お前が協力してくれたら、少しは可能性があるけどな? ──酒呑童子を倒した季武の生まれ変わりである、お前が」
「──!」
弦之助は一瞬言葉を失ったが、ゆっくりと口を開いた。
「……そりゃ、圭介は同じ学校で過ごした大事なクラスメートだけどの……」
「だったら……っ。そう思ってるんなら、なんで」
「だが俺は、お前を見てられんのよ。身を滅ぼす前に引いておけ?」
それだけ言うと、弦之助は踵すを返した。が、ふと足を止めて振り返る。
「ああ、そうだ。かなぎ様、酒呑童子に奇襲をかけるらしいぞ? 今夜の丑三つ時──満月森で」
「なに……?」
「ちなみに、スザアも駆り出されるみたいだ」
「……俺には声はかかってないぞ」
弦之助の言葉を聞き、レイグスは少しムッとした。レイグスは酒呑童子を倒した保昌の生まれ変わりだ。その自分が呼ばれず、関係のないスザアが呼ばれるなんて。
「どうやら、お前がいたら都合が悪いらしい。……圭介、危ないかもな?」
弦之助は意味ありげに微笑んで去った。その背中を見つめながら、レイグスは呟く。
「……感謝する、弦之助」
********
その頃、圭介は満月森に足を踏み入れていた。
「やっぱり怖えぇ……」
月明かりを頼りに、森を進みながら圭介は思わず呟いた。
「ホントにねぇ」
「!?」
なぜか返答があり、辺りを見回すと、肩の上で猫さんが手を振っていた。
「やっほー」
「猫さんっ。なんで!?」
「ドリアードが必死に手をバタバタしてたから、圭介が何かやらかすんじゃないかなぁと思ってね。コッソリ付いて来たんだ」
「妖気……感じなかった」
「圭介、鈍ってるね。最近いろいろあって疲れてるからじゃない?」
「そうかもなぁ……」
圭介は溜め息を吐き、満月森の奥を見つめた。
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