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妖戦雲事変




「よっ。レイグス」

 岩肌が剥き出しになった崖に作られたベランダから、ぼんやりと村を眺めていたレイグスは、自分を呼ぶ声に振り返った。

「弦之助……」

 それは先ほど、かなぎのそばにいた十字架と鎖をあしらった着物の男だった。レイグスと親しい友人である彼は、横に並んで手すりに寄りかかった。

「レイグス」

「なんだ?」

「もう、止めとけ。圭介に関わるの。かなぎ様の言うことは最もだ」

 弦之助の言葉に、レイグスはピクッと体を震わせた。

「酒呑童子が──あいつが、圭介のそばにいるんだぞ。大丈夫だと思うのか?」

「思わない。しかしの、簡単に勝てる妖じゃない。例えお前が、保昌の生まれ変わりだとしてもな」

「……お前が協力してくれたら、少しは可能性があるけどな? ──酒呑童子を倒した季武の生まれ変わりである、お前が」

「──!」

 弦之助は一瞬言葉を失ったが、ゆっくりと口を開いた。

「……そりゃ、圭介は同じ学校で過ごした大事なクラスメートだけどの……」

「だったら……っ。そう思ってるんなら、なんで」

「だが俺は、お前を見てられんのよ。身を滅ぼす前に引いておけ?」

 それだけ言うと、弦之助は踵すを返した。が、ふと足を止めて振り返る。

「ああ、そうだ。かなぎ様、酒呑童子に奇襲をかけるらしいぞ? 今夜の丑三つ時──満月森で」

「なに……?」

「ちなみに、スザアも駆り出されるみたいだ」

「……俺には声はかかってないぞ」

 弦之助の言葉を聞き、レイグスは少しムッとした。レイグスは酒呑童子を倒した保昌の生まれ変わりだ。その自分が呼ばれず、関係のないスザアが呼ばれるなんて。

「どうやら、お前がいたら都合が悪いらしい。……圭介、危ないかもな?」

 弦之助は意味ありげに微笑んで去った。その背中を見つめながら、レイグスは呟く。

「……感謝する、弦之助」



********



 その頃、圭介は満月森に足を踏み入れていた。

「やっぱり怖えぇ……」

 月明かりを頼りに、森を進みながら圭介は思わず呟いた。

「ホントにねぇ」

「!?」

なぜか返答があり、辺りを見回すと、肩の上で猫さんが手を振っていた。

「やっほー」

「猫さんっ。なんで!?」

「ドリアードが必死に手をバタバタしてたから、圭介が何かやらかすんじゃないかなぁと思ってね。コッソリ付いて来たんだ」

「妖気……感じなかった」

「圭介、鈍ってるね。最近いろいろあって疲れてるからじゃない?」

「そうかもなぁ……」

 圭介は溜め息を吐き、満月森の奥を見つめた。


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