妖戦雲事変
壱
「無断で虎狼狸を使い、酒呑童子に斬りかかり、挙げ句、茨木に怪我を負わされるとは……」
薄暗い部屋に、声が反響しながら染みていく。若い男の声。その人物は、壁際の中心に据えられた椅子に腰掛けている。
「この落とし前、どう付けるつもりだ、レイグス?」
男は冷たい視線を、レイグスに送った。その両側には、青い蝶の着物を着た少女と、十字架と鎖をあしらった着物の男が立っている。
共にレイグスに向ける眼差しは──哀れみ。
「申し訳ございません……かなぎ様」
板張りの床に跪き、レイグスは微かに顔を上げて男──かなぎを見た。しかし、その姿は天井から下りている薄い布に邪魔されてよく見えない。
「朱刃」
かなぎは少女をそう呼んだ。すると、朱刃が手に持つ鏡に、一人の少年の姿が浮かび上がった。
茶髪にところどころ金色が混じった彼は、縁側に腰掛けている。少年の肩には猫の人形が乗っていて、そばには急須。庭には特徴的な木と、ジャックウサギに似た生き物が洗濯物を取り込んでいた。
そのどれもが妖だということを、この場にいる4人は知っていた。
「……圭介」
淡々とした声で、朱刃は呟いた。
「全部、圭介のため……」
「は! とんだお涙頂戴野郎だな、貴様は。たかがガキ一人のために、怪我まで負うとはな!」
「……恐れながら、かなぎ様。我々『玉兎銀蟾』は、一般人を妖から守るのが役目ではありませんか?」
「誰が一人に固執しろと言った。貴様が言う“一般人”とは、この世にごまんといるんだぞ。一人一人に付いているには、こちらの数が足りんのだ」
レイグスはかなぎの言葉を聞き、黙ってうなだれた。
「その偽善とお涙でいっぱいの水樽みたいな頭にも理解できたら、とっとと下がれ」
かなぎは立ち上がると、これで話は済んだというように壁の奥の部屋へと消えた。
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「これさ、どう思う?」
圭介は、縁側で紙切れを眺めながら訊いた。話しかけた相手は猫さんではなく、ドリアードだ。猫さんは向こうで師匠と囲碁をしている。
「丑三つ時に満月森って……絶対何かあるよな」
紙切れに書かれた文面を読みながら、圭介は呟いた。
時をさかのぼること数時間前。伊勢と別れて家に戻ると、郵便受けにこれが突っ込まれていたのだ。
宛名は圭介。内容は『丑三つ時、満月森にて待つ。一人で来るように』という怪しいものだった。差出人の名前はない。宛名が名字ではないのも怪しい。そして──
「なんだよ、この昔風の字は。続け字でももっとマシだぞ」
まるで昔の古文書に書かれているような書体の文字。おかげで解読するのに時間がかかってしまった。
「これさ、行くべきかな?」
ドリアードに話しかけると、彼女はバタバタと手を振った。
「……いや、わかんねーよ。お前しゃべれたら良かったのになぁ」
圭介は溜め息を吐き、もう一度紙切れに目を通した。
「……行ってみよっかな」
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