妖戦雲事変
伍
「じゃあ、僕達は用が済んだから、そろそろ行くね」
「あ、スザアッ」
立ち去ろうとした彼を、圭介は呼び止めた。
「その、レイグスは……」
「大丈夫だよ。彼、そんなに柔じゃないから」
スザアはふふ、と微笑み、ブリジットに続いて窓を飛び越えた。
(……そういえば、一体何の用だったんだ?)
2人が出て行った窓を見つめながら、そんなことを考えていると──
「うわぁー!」
「……なんだぁ?」
外から悲鳴が聞こえ、圭介は飛び出した。
そこには蛇沙那がいて、猫さんをつまみ上げて宙ぶらりんにしていた。
「ふーん。人形の付喪神とは面白いな」
「た、た、助けて〜」
「猫さんから手を放せ!」
圭介が言うと、蛇沙那はポイッと猫さんを投げて寄越した。上手く受け止めると、震える猫さんをポケットに押し込んだ。
猫さんを自転車に置いて来たのは、間違いだったと痛感した。
「言われなくても放すよ。……僕はあの人以外どうでもいいから」
「……伊勢のことか?」
踵すを返した蛇沙那の足が、圭介の言葉に止まる。
蛇沙那が小さく呟いた最後の部分まで、圭介にはきっちり聞こえていた。
「図星?」
彼は圭介を睨んだが、やがて、ふぅ、と息を吐いた。
「……あの人は、僕のすべてだった」
「うん。一緒に都を荒らし回った鬼って聞いたよ」
「心から尊敬する人だった。ずっとそばにお仕えしたかった」
淡々と語っていた蛇沙那だが、徐々にその顔を怒りに歪ませた。
「──すべて過去形……“だった”んだ。キミがいるからな……っ!」
「!?」
蛇沙那の右手の爪が、みるみるうちに長くなる。
「あの人は完璧だ! けどキミがその完璧を欠いてる! 史上最強の妖が、人間のガキと一緒にいるなんて……!」
自らに伸ばされた爪を、圭介は反射的に避けた。代わりにそれを受けたのは、自転車の前カゴに入っていた、狂骨の大腿骨。
「げっ。骸骨の骨が……」
大腿骨は粉々に砕け、見るも無惨なことになってしまった。
しばしの沈黙の後、蛇沙那は爪を引いて、その場から立ち去ろうとした。
「お、おいっ。どこ行くんだよ!?」
「なんか萎えた。帰るよ」
「なんだよ、それ」
思わず溜め息がでる。
「狂骨に言っといて? ごめんって」
「自分で言えよっ」
「どうして僕が。キミが攻撃を避けなければ、骨が砕けることはなかったのに」
「避けなきゃ俺死んでたから!」
「別に構わないよ」
「う……」
サラリと言い放つ蛇沙那に、圭介は言葉を失う。
微かな笑みを浮かべながらも、蛇沙那の目は冷たく、笑っていなかった。
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