妖戦雲事変
肆
「蛇沙那がいるってわかってたのに、なんであたしに知らせなかったんだい?」
家の中に入り、最初に聞こえたのは女性の声だった。そしてスザアの声が、彼女をなだめる。
「ブリジット、キミは熱くなりすぎるから。だから朱刃ちゃんは見せなかったんだよ」
「何言ってんの。蛇沙那相手に熱くならないわけないよっ。あれからレイグスは、意識戻らないじゃない」
「レイグスが!?」
レイグスの名前を聞いて、思わず2人の前に飛び出してしまい、圭介はギョッとしてこちらを見る女性──ブリジットと目が合った。
おそらくレイグスよりもひとつかふたつ歳が上だろうと思えた。豊かな胸を誇示するように、胸元の大きく開いた服。その胸元にあしらわれた牡丹の花が、彼女の気品さと気高さを表しているようだった。
「け、圭介君。どうしてここに……?」
「ちょっと。圭介って……この子が?」
スザアが頷くと、ブリジットはスッと目を細めて圭介を見た。
「あんたかい。レイグスをたぶらかしたって子は。どこの子だい?」
それを聞き、スザアは苦笑いを浮かべる。
「たぶらかしたってそんな……。ほら、村で結界を張ってる家があるでしょ? そこのお孫さん」
「な、なんで、じいちゃんの結界のこと知って……」
今度は圭介がギョッとした。
家に結界が張ってあることは、圭介と伊勢、そこに住む妖達、そして張った本人の祖父しか知らないはずだ。
普通の人間にはもちろん、妖には絶対に見えない。
もし他に、結界の存在に気づく者がいるとすれば、その理由はただ一つ。
「そりゃあ僕達、キミのお祖父さんと同じ能力を持ってるからね」
少し誇らしげに、スザアは答えた。
そう。自分達と同じ、妖や霊が見える者──
「2人とも霊感あるんだ?」
「あんた、あたし達をナメてんのかい?」
一応聞いてみると、なぜかブリジットはムッとした。
「圭介君。霊感じゃなくて、霊能力だよ」
「霊能力?」
圭介は疑問符を浮かべた。
「……どう違うんだ?」
「霊能力っていうのは、霊的な力を使って普通の人間じゃなし得ないことを行うこと。霊感は能力と呼べるほど自在に使えないけど、霊的なものを感知する感性だよ」
「……つまり、結界を張れるじいちゃんは、霊能力の持ち主で、あんた達もそうってこと?」
ブリジットはうんうんと頷いた。
「そうそう。あんたは霊感はあるけど、自在に使えないもんね」
だからレイグスが苦労してるの、と彼女は言った。
「ごめんね」
スザアは圭介を向き直る。
「ブリジット、レイグスが心配なんだよ。圭介君のこと、嫌いなわけじゃないから」
そうして優しく微笑んだ。
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