妖戦雲事変
参
「インサーニア、後は任せたよ」
スザアが言うと、桑染色の髪の人物は、頷いた。ゆっくりと蛇沙那に歩み寄る。
攻めるでも退くでもなく、蛇沙那は近づくインサーニアを見て溜め息を吐いた。
「この僕に化け物の相手をしろって?」
「インサーニアは化け物じゃない!」
スザアはキッと蛇沙那を睨みつけた。
「ナイトメア、レイグスを弦之助さんのところまで運んで──ミルキーウェイ!」
ナイトメアの鬣から、星屑が舞う。それがレイグスを包み、体を浮き上がらせると、彼の体はまるで流されるように森の奥へ運ばれて行った。
ナイトメアが形作る、星屑の流れ。それは、まるで天の川のように美しい──
「圭介君っ」
見とれていた圭介は、スザアの声で我に返った。
「早く逃げるよっ」
「あ、でもあの人──インサーニアは……」
睨み合い、お互いを牽制しているインサーニアと蛇沙那を見、圭介は言った。
「彼なら心配ない。イーラが憑いてるからね」
その意味がわからなかったが、今は聞かなかった。スザアはインサーニアと蛇沙那をチラッと見てから、圭介の腕を掴んで走り出した。
********
学校を早退し、圭介は自転車の前カゴに買い物袋を入れて、祖父の家に向かっていた。
「圭介、大丈夫なの?」
「大丈夫!」
不安そうに訊いてきた猫さんに、圭介は言い切った。
前カゴには、買い物袋の他に猫さんと──狂骨の大腿骨を乗せている。
家に一旦戻り、荷物を置いた時に、ずっと机の引き出しに閉まっていた大腿骨を持ち出したのだ。
「もぅ。狂骨が来たらどうするの?」
自身の体の一部を感知して、狂骨が現れるかもしれないと、猫さんは気が気でないのだ。だが圭介は、ハナからそのつもりだ。
「その時はちゃんと返すよ、大腿骨」
坂道を上がり、村の入口付近にある家の前にさしかかった。
思わず自転車を止める。
「レイグス……大丈夫かな」
昨日この場所で、彼は蛇沙那に刺され、怪我をした。
“弦之助”という人物の元にナイトメアが運んでから、レイグスの姿は見ていない。
あの怪我では、すぐに動けるわけでもないだろうけど。
(ん……?)
しばらく家を眺めていると、家の裏手から紫苑色の髪を靡かせ、スザアが入って行くのが見えた。
「何してんだ……?」
おもむろに圭介は、その後を追った。
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