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妖戦雲事変




ナイトメアが、悲鳴とも咆哮ともつかぬ声を上げた。

「どうしたっ!?」

あまりに突然の出来事に、脳が状況を把握しきれない。だが圭介は、その傷跡に見覚えがあった。昨日、襲ってきた妖を倒す際、伊勢が付けたものによく似ている──

「おまっ……え……?」

勢いよく振り返ったが、そこにいたのは、伊勢ではなかった。

猩々緋の髪に、橙の瞳をした男。顔には左頬から鼻にかけて、縫ったような痕があり、黒を基調とした着物の、大きくはだけた胸には晒が巻いてあるのが見える。

知らない男にポカンとした圭介だが、その男の手から伸びた爪が、血に濡れているのが目についた。

こいつは──妖だ。

男は爪に滴る血を、ペロリと舐めた。

「……美味だね、保昌」

「おいっ、何して──」

「黙れ、黄金比」

男は、ビシッと圭介を指さした。

「食事の時間を邪魔するな」

「何が食事だ……っ!」

圭介は男を睨みつけた。恐ろしかった。この男、ただの妖ではないと、圭介の感覚が告げる。だが、睨まずにはいられなかった。

「血は好きだよ。でも本当に欲しいのは、黄金比の血だ」

爪に付着している残りの血を、綺麗に舐めとりながら男は言った。

「しかし、保昌の血もなかなかいい……綱も良かったが」

「てめぇ……」

クックッと笑う男の方を、倒れた姿勢のまま、レイグスは睨んだ。かすれ声で、その名を呼ぶ。

「茨木童子……ッ!」

「な、なんだって!?」

みんなが“あの方”と恐れ呼ぶ者。かつて伊勢と一緒に、都を荒らし回ったという鬼の名──

「蛇沙那、だ。もう思い出すこともないだろうけどねっ!」

予告なしに、蛇沙那がこちらに向かって飛び出す。

目で追いきれない、超人的なスピード。妖だから、超人的と言うのは変かもしれないが。

「……っ!?」

本当に一瞬だったかもしれない。気づいた時には、目の前に蛇沙那がいて、右手の長く伸びた爪を振りかざしていた。

「さよなら、黄金比。綺麗に食べてあげるよ!」

だが圭介は、その攻撃を受けなかった。爪が圭介に届く寸前に、何かが間に滑り込んで来て、それを弾いた。

「させない……」

それは人だった。濃紅のローブに、桑染色の長い髪が流れる。

声から男か女か判別できない。圭介に背中を向けて立っているので、顔もわからない。

警戒してか、蛇沙那は一旦退いた。

「圭介君!」

その時、自分の名を呼びながら誰かが走って来た。

「スザア……ッ」

知った人物の登場に、圭介は安心感から泣きそうになった。

「……玉兎銀蟾、か」

蛇沙那は不満そうに、彼らを見た。


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あきゅろす。
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