妖戦雲事変
壱
「れ、レイグスッ」
古びた家の前に立っているレイグスを見つけ、圭介は声をかけた。
ずっと家を見つめていたレイグスは、ふと圭介に視線を向け、驚いた表情を浮かべた。
「なんで、お前がここに」
「じいちゃんが教えてくれた。平井さん──レイグスのじいちゃんが、ここに住んでたって聞いて」
ハンカチを返すにも、レイグスの居場所がわからない。そんな圭介に、祖父の康彰はこの場所を教えてくれた。
この村でレイグスが行く場所といえば、彼の祖父──平井さんの家だろうと。
レイグスの隣にいる、黒く美しい馬をチラッと見ながら、圭介は彼に近寄る。鬣から尾の部分が天の川のように煌めいているその馬──瞬時に妖だとわかった。
「心配するな。こいつはナイトメア」
「ないとめあ……?」
「俺の使役する妖だ。日本の妖じゃないから、珍しいだろ?」
「う、うん。綺麗……」
星が散らばったような毛並みに触れようと、手を伸ばしたが──
「こいつは上級の妖だからな。黄金比の血はご馳走だぞ」
それを聞いて、慌てて手を引っ込めた。
「……あ、そうだ。ハンカチ、ありがとっ」
思い出したようにポケットからハンカチを取り出し、レイグスに差し出す。
「血の痕、綺麗にとれなくて……ごめん」
「いい。この血は使えるからな」
「そのハンカチに付いた血、使うのか? 何に?」
「妖を弱らすことぐらいはできる。他にどんな使い道があるって?」
どんな──?
黄金比の血に濡れた妖は死ぬ。でも上級の妖にとって適量はご馳走で。弱った妖には治癒力になる。
「生かす、とか……使えない?」
「……バカか、お前は」
怪訝な顔して、レイグスは圭介を見た。
「妖を生かして何になる。黄金比の血は、妖を殺す貴重な特効薬だ。それ意外の何物でもない」
レイグスの言葉が、ズンと圭介の心に突き刺さる。
『情が移ったんだろうね』。
嬉しかった、スザアの話を聞いて。
自分を想ってくれる人がいるということ。無条件でレイグスが守ってくれているということ。
だが今の彼の発言は、その行為に利点があるからに聞こえた──
「……俺が黄金比だから、だから助けてくれるんだ……?」
言ってから少し後悔した。
そうだ、なんて言われた日には、立ち直れないかもしれない。
「それは……」
だが圭介は、彼の返答を聞くことができなかった。
「ぐ……っ」
急にくぐもった声を出し、レイグスはゆっくりとその場に膝をつき、そのままうつぶせに倒れた。あろうことかその背中には、何か鋭利な刃物で突き刺されたような痕が残り、そこから鮮血が溢れ出して止まる様子を見せなかった。
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