いつも一緒に
ソウの画策
時間は夜の十一時をまわる。耳に痛いほどの音量で響く音楽が鳴り響くクラブ。その奥にあるビップルームで、総とその仲間、数人の女子はソファーで酒を飲んでくつろいでいた。
一人カウンターの席に座り酒を飲んでいた総の隣の席に、一人の女子が座った。
「ねぇ、総。どっか行こうよ」
「……」
総は女子の声に嫌そうに目を細めた。そんな彼の様子に女子が気づくこともなく、彼女はその豊満な胸をこれみよがしに押し付けてきた。
彼女は随分前に遊んだ、というより、請われて数回身体を重ねた女子だった。
「――――総は相変わらずモテるねぇ」
顔をニヤつかせそう言ったのは総の仲間である佐々木英太。彼の隣にも女子がいて、彼の腕に自分の腕を絡ませていた。その他の仲間である慧斗はビリヤードを、俊輔はと言うとソファーで趣味の家庭菜園に関する雑誌を読んでいた。
「それより、なんでメール返してくれなかったの?寂しかったんだけど」
「…だから?」
無関心であると言わんばかりの冷たく素っ気ない声音で応えた総に、女子は頬を膨らませた。
「相変わらず冷たいんだから。でもそこが好き。――――…ねぇ、総」
女子は満面の笑みを浮かべ、椅子に座る総の太股の上に突然跨った。短いスカートからあらわになる彼女の足に、後ろにいる英太からは「大胆だなー」と笑い声が聞こえてきた。
「この前の続きしよ…?総、途中で帰っちゃうんだもん」
この前、ラブホテルでの話に総は頭を巡らせる。
この女子に請われホテルへ行き身体を重ねようとしたなのは約一週間前のこと。シャワーを浴びベッドで彼女を抱こうとした際の、彼女のわざとらしい甲高い喘ぎ声に、総は煩わしさを覚え心も萎えた。そんな中、総の携帯が鳴り携帯を見た彼は、情欲がおさまっていない女子を放置し帰ったのだった。
自分の首筋にキスをする女子を、総は冷めた顔で見下ろしていた。興奮するなど皆無だった。女子は更に行為を激しくさせ、総の下半身に手をあて撫でる。その顔は淫乱な娼婦のようだ。
何も言わない総を肯定と勘違いした女子は彼の耳に囁く。
「…ね?行こ?」
総の唇と女子の唇が近づくその瞬間、テーブルの上に置いてあった総の携帯が鳴った。
携帯の近くにいた慧斗が着信音に気づき、携帯を手に取った。サブディスプレイに映った名に、慧斗は「あ」と声をあげた。
「総、ハルからだぞ」
ハルという言葉に総は跨る女子をどかし立ち上がった。邪魔だと言うようにどかされた女子は総に非難の声をかけるが、総は無視した。
英太は酒が入ったグラスに口をつけながら総に声をかける。
「こんな時間にハルからなんて、何かあったん?」
「………」
総は時計に目をやる。時間は既に十二時になる。もうこの時間帯になると晴は寝ていることを知っていた総は、内心訝しみながら依然として鳴る携帯に出た。
『――――もうー!あんた出るの遅いのよぉ!』
耳に入ってきたのは甲高い声。しかし声質は明らかに男性のものだった。
総は今日一番の嫌な顔を浮かべた。
「…なんでハルの携帯にオカマが出んだよ」
出たのは晴ではなく、彼女のバイト先の店長からだった。この店長、中性的で秀麗な顔立ちから一見かなりのイケメンだが、中身はお姉系という個性的な男性で、ちなみに氏名・年齢は不詳である。
『その店長がさ、すっごい面白い人なんだよ』
晴はそう褒めていたが、総はこの店長が苦手だった。お姉系な性格も然り、総のようなイケメンの身体を撫で回すその癖に総は常に鳥肌が止まらなかった。
その為つい出たオカマ発言に、電話の主である店長は先程と打って変わって口調を豹変させた。
『あァ?テメェ今なんつった?テメェの大事な息子ぶった切ってケツの穴掘って女にすんぞ、糞餓鬼』
先程の口調はどこにいったのか。店長はドスが効いた声で総を脅した。晴の前では決して見せないくせに、と総は心の中で吐き捨てた
総は店長の豹変に怯むこともなく、疲れた顔で口を開く。
「ハルはどうしたんだよ」
『あ、そうよ。そんなことより大変なのよ。今日うちで飲み会だったんだけど、ハルったら酒飲んじゃって潰れちゃったのよね。あんた今から迎えきてよ。どうせ暇でしょ』
元の声に戻った店長が言った言葉に総は眉間に皺を寄せ、ため息をはいた。側にいた慧斗が総に小声で尋ねる。
「ハル、どうした」
「あの馬鹿。バイト先の飲みで酒飲んで潰れた」
慧斗は苦笑した。
「酒に弱いもんなー、あいつ」
総は店長に苛立ちを隠すことなく低い声音で言う。
「…なんであいつに酒飲ませたんだよ。弱いの知ってんだろうが」
『あら、あたしじゃないわよ?雅也達がノリで飲ませたんだから。それで、迎えに来てくんない?こんな時間にあの子一人で帰せないし』
「…ハルにそこを動くなって言っとけ」
店長は明るい声で答える。
『はーい。待ってるわー』
携帯の通話を切り、総はかけてあった上着を取ると英太の単車の鍵を手にした。
「単車借りるぞ」
英太が総に顔を向けた。
「あーい。てか、なに。ハルになんかあった?」
総に代わり慧斗が答える。
「酒飲んで潰れたんだと」
「ありゃー。ハルは酒超弱いもんね」
「……晴にお大事にって伝えて」
英太に続き呟いたのは、日頃晴と野菜や園芸の話で盛り上がっている俊輔だった。
「え、ちょっと。総どこ行くの」
今まで放置されていた先程の女子は慌てて総の腕を取った。総は女子の細い手を振り払った。
「お前さっきからウゼーんだよ。なに彼女面してんだ。気持ち悪くて吐き気がする」
「え…」
そう彼女に吐き捨て、総は部屋を出ていった。
英太は酒を飲みながら笑った。
「ハルのことになるとあの総も普通の人間だな」
ハル、と何回も出る名前に女子はふと思い出す。一週間前、ホテルで最中に総の携帯が鳴った時、それに出た彼の口からも同じ名前が出たことを。
自分と総の間を何回も邪魔をするハルという人間に女子は怒りを抑えられなかった。
「ちょっと、さっきからハル、ハルって誰!?女!?」
女子は悔しそうに声をあげた。怒りを隠さずにいる彼女に気にするでもなく、慧斗はビリヤードをしながら当然そうに言う。
「ハルは総の幼なじみ」
「…幼なじみ?」
女子は顔を訝しんだ。何事にも興味を示さず動かないあの総を動かすことから、彼女はてっきり、ハルは総の彼女的存在だと思っていた。慧斗からの言葉に一瞬呆然と立ち尽くしていたが、しかし直ぐさま怒りを再燃させた。
彼女ならまだわかるが、たかが幼なじみに何回も邪魔をされたのか、と女子は激昂したのだ。
「そのハルって奴、何処の高校」
そのハルという名の幼なじみの顔を見てみたい。そして、その顔を張ってやりたい。女子は慧斗に晴の所在を聞いた。
慧斗はビリヤードの玉を打つ手を止め、彼女に振り返ることもなく口を開く。
「……聞いて何すんだよ」
英太は慧斗の声音が変わったことに気づき、グラスを持つ手を止める。
────あーあ。馬鹿女。
慧斗は怒っている。女子の発言にだ。明らかにこの女子が晴に何かしそうだからだ。英太はこの女子が彼女がいる高校のリーダー的存在であることを知っている。総の前では、ただの甘える女の顔をするが、取り巻きに見せる傲慢で虚勢を張る醜い顔も知っていた。勿論、総も知っていた。彼が、このような性格の女子を最も嫌うことを理解していた英太は尋ねた。なんでこんな女と付き合っているのか、と。すると総は珍しく笑みを浮かべ答えたのだ。何かを企む怪しい笑みを浮かべ。
『――――ああいう女は、プライドを壊すのが一番堪えるんだよ』
最後の最後で、持ち上げていた自尊心高いそのプライドを落とす。総はそれが狙いだったのだ。
――――マジで、総って怖。
英太はそう内心呟き、慧斗の方へ再び視線を向けた。
慧斗はハルを純粋に気に入っている。それはこの場にいる英太も、雑誌を読んでいる俊輔も同じだ。だからこそ、慧斗は女子を射ぬくように見下した。彼女はその目に怯んだ。
「…お前さ、ハルに何かしたらその顔ぐちゃぐちゃにされるぜ?総ともう一人のやつに」
「はぁ?何言ってんの。馬鹿じゃ」
『――――嘘じゃねーよ?ほんとのことだし』
英太は頬杖をつき、女子の言葉を遮った。
「なぁ?俊輔」
俊輔は肯定するように頷いた。
「この前、真に絡んだ女、総に顔面フルボッコされてたな」
「、」
里菜は顔をこわばらせた。嘘をつかない俊輔がそう言うのだから、彼らが言ったことは本当なのだ。
慧斗は顔を青ざめる女子に吐き捨てた。
「――――お前みたいな女が総をものにするなんて有り得ねーよ」
────………
「お!総じゃん!久しぶりだな!」
ハルのバイトの先輩である雅也の言葉を無視し、総は晴を探す。すると、すぐにソファーに横たわるに晴を見つけた。晴は顔を真っ赤にさせ、革張りのソファーに寝ていた。
総は晴に歩み寄り、彼女の頭をパシリと軽く叩いた。晴はそれに目を開け見上げた。
「…ぁ、総…?」
「帰るぞ」
「ん、」
総は晴の腕を取り、彼女の腕を自分の首に回し背中に背負い込む。そして常態を整え、出入口に向かって歩き出した。雅也は総に口を開く。
「ちゃんと水飲ませろよ」
「…こいつに酒飲ませんなよ。面倒くせぇ」
「そんな睨むなよ。こえーな」
ケラケラ笑う雅也の傍を店長が通る。手にはビニール袋があった。それを総に持たせた。
「はい、これ。ハルがデザート食べたいって言ったから作ったんだけど潰れて食べれないでしょ?持っていって後で食べなさい」
店長からデザートが入った袋を手にした瞬間、総はある視線に気づく。総は視線を感じた方へ視線だけ向ける。それは雅也の傍にいる男子からだった。明るい茶髪の髪に爽やかな顔立ちを持つ彼は、顔をしかめながら総を睨んでいた。知らない顔に総が考えていると、気づいた店長が耳打ちした。
「あの子ね、ここのバイトの子なんだけど、ハルが好きみたいなのよね」
ハルったら地味なくせにモテモテねーと笑う店長を尻目に、総は何かを企んだかのような笑みを浮かべた。
総は睨みつける男子にフッと鼻で笑った。すると彼は悔しそうに顔を歪めた。
総はさらに、彼に見せつけるように、晴の顔に唇を近づけさせる。
「ハル。家まで送るか」
総に話しかけられた晴は曖昧な意識の中答える。
「ん、今日お母さん達いないんだ」
「じゃあ、俺んとこでいいか」
晴はこくりと頷いた。
まさに付き合っているような会話に男子は目を丸くさせた。その様子に総は内心笑いながら、晴を抱き直して店を出ていった。
驚く男子に、店長はため息をつき呟いた。
「────…まだまだ、総の方が上手ね」
────………
「総、…気持ち悪ぃ」
顔を赤から青へと変化させた晴は、気持ち悪さから口を押さえた。総は眉間に皺を寄せ、晴の顔面をその大きな手で掴み力を入れた。
「晴、…テメェ、吐いたら殴るからな」
「痛い痛い痛い!ちょっ、マジで痛い!わかりました!我慢します!吐きません!誓います!」
晴の言葉に納得した総は単車に跨がり、エンジンを入れる。騒音をたてるエンジンに耳を向けながら、総は先程の自分を睨みつけていた男子を思い出した。顔にはっきりと晴が好きだと書かれていわんばかりの表現だった。
総は晴の名を呼んだ。晴は顔を上げて返事をした。
「雅也の隣に座ってた奴誰だ」
「隣…。あぁ、将のこと?あいつ良い人なんだよ。忙しいと手伝ってくれるし、気もきくしさぁ。ほんっと、お前らと大違い!」
日頃少しは手伝えと絡む晴の腕を総は掴み引っ張った。晴は前のめりになり、総の広く大きい背中にぶつかった。
「っ、総」
「そいつ、好きか」
「は?」
「その将って奴のこと好きか」
晴は総の突然の問いに目を瞬かせた。
「良いやつだなって思うよ。友達だし」
.幼なじみの不可解な言動に、晴は首を傾げた。
「総?」
「そいつ、将って野郎のこと」
「ん」
「ノブに言うなよ」
「はぁ?なんでノブが出てくんの」
突然の信人の名前に晴は目を大きく目を見開き声をあげた。そんな晴を無視し、総はハンドルを握る。そして勢い良くエンジンをふかす。英太から借りた単車が動き出す。
晴は慌てて総の背中にしがみついた。
頬にあたる風の心地好さを感じながら、総はここにはいない信人に頭をめぐらせた。
店長が将のことをまず最初に自分に教えたことは幸いだった、と総は思っていた。これが信人ならば、と思うと事が面倒くさくなる。あの甘い表情はきっと無表情で冷たくなることだろう。
『普通に好きだよ。友達だし』
晴に好意を寄せるあの将に、この言葉を向けたらどういう顔をするだろう。顔を青ざめさせるだろうか。
晴が自分の家に泊まると言ったあの時の悔しげな顔を思い出すと自然と笑みが生まれてくる。
どちらにせよ晴は彼をなんとも思っていない。
まだ彼は自分や信人のような存在にはなっていない、と思った総は、不思議と自分の心内で強い優越感があることを感じた。
――――お前みたいな出会って間もないやつが…。
俺達と同じ存在になるなんて、思いあがるな。
総はさらにスピードを上げた。
強い優越感が無関心な自分にあることを、総は静かに認めるのだった。
ソウの画策
(お前は俺達にはなれない)
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