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いつも一緒に
ハルの日常


「―――あんたが上原晴?」

学校帰り、夕食の買い物をしながら帰っていると声をかけられた。振り返るとそこには男子高校生が三人。みな明るい髪色で制服を着崩していた。その彼らが来ている制服の胸の刺繍に晴は嫌そうに目を細めた。

不良が大半を占める隣の馬鹿高校のものだった。

晴は、またか、と内心ため息を吐いた。

「そうですけど。何か?」

晴が尋ねると三人はニヤつきながら晴を下から上まで不躾に見定める。嫌な視線に晴の眉間に皺が寄った。

「えー、めっちゃ普通じゃね?」

「総の女って聞いてたからもっと綺麗系か可愛い系だと思ってた」

「じゃ何、あいつって地味専?うける!」

晴は顔をしかめた。初対面の人間向かってはかれた失礼な言葉に、彼らの頭の中には常識と名のジョの字もないのだろうか。いや、ないのだろう。そもそも、発言や身なりから俺は馬鹿ですと自ら周りに言っているようなものなのだから。

晴は頭でそう考え、彼らについての考察を完結させた。晴の考察から導き出した答は、馬鹿には構うな、である。ということで晴は彼らを無視し再び歩き出す。すると晴の右腕を捕まれた。それは強い力で、痛みから思わず晴は顔をしかめる。

「…なんすか」

睨みつくる晴に三人はさらにニヤついた。

「地味でもなんでもいいんだわ。あんた西高の有村総の女だろ。俺達あんたにちょっと用あるんだよね」

「あんたらが用あっても、あたしにはないんで」

きっぱり言い放ち早くここから去ろうとするが男は放してくれない。


「いいから来いよ、――――ブス!」

ブスという言葉に晴の頭の中で何かが切れた音がした。

思えば、今日の日中も知らない他校の、これまた馬鹿そうな女子から突然呼び出され、有無を言わせず勢いよく頬を張られた。

『あのさぁ、あんたさぁ、身の程わきまえろよ』

はきはき言えないのだろうか。間延びした言い方が馬鹿さ加減を増長させていることを彼女らは気づいてないのだろうか、と晴はぼんやりと考えていた。

『こんなのがノブの彼女なんてありえないー』

『ほんと――――ブスじゃん』

そう失礼なことを言う他校の女子に晴はブチ切れた。そう、今のように。

「ブスは黙ってついて、っ!」

言い終わらぬ間に晴の腕を掴んでいた男子高校生が目を見開きうずくまった。何かに悶絶している彼の頭上に、晴は手にしていた買い物袋を落とした。入っているのは大根にキャベツ、ジャガ芋に人参。かなりの重さだった。

最初の一撃を説明すると、晴は不良の股間を蹴った、所謂金蹴りを放ったのだった。晴が放った金蹴りは見事に不良の息子にヒットした。この技は、喧嘩に滅法強い、事の原因である幼なじみから教わった技だった。

ヒットした際の独特の感触に、晴はあとで家に帰ってローファーを消毒しようと心に決めた。

早くも一人沈めた晴に他の男子高校生二人は顔を呆然とさせていた。そんな彼らの耳に晴の低い声音が響く。

「地味だからなに?ブスだからなに?つか、なんで今日初めて会った奴にブスブス言われなきゃいけねーんだよ、腹立つ。おめーらのほうがうけるわ。なにその顔。この前テレビでみたチンパンジーそっくり。髪型とか制服かっこよく着崩してても顔が不細工じゃ逆に痛いし。それで俺イケてるとか思ってる?周りみろし。そば歩いてた女子あんたの顔見て笑ってたよ。鏡見てから出直してきたら。チンパンジーはバナナでも食ってろ、猿」

晴に図星をつかれた男子高校生の顔が真っ赤に染まる。どうやらチンパンジー顔が図星中の図星だったらしい。

「てめぇっ」

激昂したもう一人の男子高校生に晴が言い放つ。

「あァ?んだよ。殴るの?いいよ、殴れば?そしたらすぐ警察来てお前らすぐ警察行きだけど。つか総の女ってなんだよ。聞いてねーぞ、おい。大体お前ら総に喧嘩売ってぎたぎたにやられたんだろ。お前らみたいな形だけのなよなよした奴負けるに決まってんだろうが。犬と喧嘩するほうが妥当じゃね。チワワかポメラニアンとでも喧嘩しとけ、猿」

チンパンジーと小型犬の、もはや喧嘩ではない喧嘩を想像したのか、晴の側で店頭の掃除をしていたおばさんが隠れて吹き出していた。

コンプレックスを立て続けに指摘され、男子高校生は顔を真っ赤にし肩を震わせ激昂する。そして晴のブラウスの襟を勢いよく掴みあげた。

「このっ」

チンパンジー男子高校生が晴を殴ろうと腕を振るう。晴は襲いかかってくるであろう衝撃に備え身構える。その瞬間、バシッと顔の前で音が鳴った。

「――――お前ら、何してんの」

聞き慣れた声と、嗅ぎ慣れた香水の香りが晴の鼻を掠めた。晴は顔を上げる。

そこには事の原因である晴の幼なじみ、有村総がいた。

「総」

晴が総の名を読んだ。総はそれに返事はしなかったが晴に視線を送り応えた。

「ハル、大丈夫か?」

総の隣からひょこりと顔を出したのは総の片腕である田嶋慧斗だった。

ちなみにもう一人の男子高校生は仲間を置いてさっさと逃げ去っていた。

総は、晴を殴ろうとした男子高校生の手に更に力を込める。

その後ろで慧斗が散らばった物を拾い晴に渡していた。

あまりの力に男子高校生が悲痛の声を漏らした。その彼の耳元で総が低い、そら恐ろしい声音で言い放つ。

「――――消えろ」





――――………





「――――っ、ははっ、ひっ」

「笑うな」

「いやいやいや、腹いてー。おま、あははははははははは!」

「うるさい、ノブ!」

ベッドで笑いこける幼なじみ・鈴村信人に向かって晴は怒鳴った。しかし信人は依然として笑っている。

「金蹴り放つとかお前もう女じゃねーわ」

「だな」

信人に賛同し頷いた総の言葉に、晴はカッと腹が立ち、宿題をするため握っていたシャーペンを彼に向かって投げる。しかし、総は素早い身のこなしでそれを避けた。

「暴力反対」

「お前が言うか!何かで絡まれたらまずは金蹴りを放てって言ってあたしに教えたのはお前だろうが!つか、あんな馬鹿に絡まれた原因はお前の」

「――――知らねー」

総の携帯が鳴った。総は雑誌から手を放し、携帯をいじり始めた。

何もなかったかのように携帯をいじる総に、わなわなと肩を震わせる晴。そんな晴の肩に、ベッドで笑いこけていた信人が腕を回し甘える。

「それよりさぁ、ハル。俺腹減ったぁ」

甘い猫撫で声に晴は呆れた。総のことで忘れていたが、日中、馬鹿女に絡まれた原因もここにいるではないか。

確かに、甘い顔立ちで有名なインディーズバンドのヴォーカルである信人と、野性的な顔立ちで喧嘩が強い総は、長年一緒にいる晴から見てもかなりいい男だ。そこらへんの雑誌のモデルやテレビに出てる俳優よりも勝っている。しかし、良いのは外面だけで中は最悪だと晴は断言できた。

「ノブ、お前さ西高の女子と付き合ってたよね」

日中絡んできた女子高生がいる学校名を友達から教えてもらった晴は、自分の肩に顔を埋める幼なじみに尋ねた。

「あ?西高?」

真顔で首を傾げた信人に、晴は目を細めて睨んだ。この様子だと、信人は付き合っていたということ自体忘れている。いや、そもそも貞操概念が薄い信人に、真剣に女性と付き合うという認識自体ないのかもしれない。それは総にも言えることだが。

晴は次第に幼なじみ達の将来に不安を覚えた。

(こいつら、…将来ちゃんと結婚できるんか)

「いや、なんでもない。気にしないで。で、何食べたいの」

「オムライス!」

「あー、はいはい。総は」

晴は再び雑誌を読んでいる総に尋ねた。総は視線を雑誌に向けながら答える。

「食う」

晴は幼なじみの夕食を作るため部屋を出ていった。晴が部屋から出たのを見届けた信人は、テーブルに置いてあった携帯に手を伸ばし電話をかける。三コールもしない内に綺麗な声の女性が出た。

『――――ノブから電話なんて珍しい』

女性は、鈴が鳴るように綺麗にクスリと笑った。

「蓮華さん、西高にいた女いたよね」

『あぁ、ノブの彼女面してた子ね』

蓮華と呼ばれた女性が信人の問いに瞬時に応えた瞬間、信人が先程まで晴に向けていた表情は、一気に怜悧な冷たい無表情へと一変した。

「そいつさ、締めてくれない?」

蓮華は信人のお願いにため息を吐いた。

『馬鹿な女ね。ハルちゃんに手を出すなんて。わかったわ。注意しとく』

注意という名の¨制裁¨に信人は怪しく笑んだ。それは万人を魅了してしまうような魅惑的な、かつ危険な笑みだった。そんな幼なじみを総はいつものことのように慣れた目で見ていた。

「ありがとう。蓮華さん大好き」

甘い顔立ちの信人から大好きという言葉をかけられたらいかに嬉しいか。しかし、この言葉の裏にある危険性と蠱惑性を蓮華は知っていた。

『はいはい。光栄の極みね』

まるで子供の冗談を軽く受け流す母のような蓮華に信人は、ほんとなのにと唇を尖らせる。それはもう晴が見ているいつもの¨ノブ¨だった。

信人は電話を切り、携帯をベッドに投げた。そして自信もベッドに顔を伏せる。

「ほんと、馬鹿な女」

それは酷く冷めきった声だった。

信人は何回か体を重ねただけの西高校の女子の顔を思い出そうとしたが、思い出せたのは学校名だけで、まずどんな女子だったのかさえ思い出せなかった。要はそれだけの存在だったのだと、信人は感慨なく自己完結させた。

しかし、それだけの存在が晴を傷つけたことに信人は腹わたがぐつぐつと煮え返るのを覚えた。

総は雑誌のページをめくりながら信人に言葉をかける。

「立派に猫被ってんな」

信人はクスリと笑い、「そう?」と返すだけだった。

晴の前だと信人はただの甘えたがりな家猫のようだが、総や他の人間の前だとまるで野性のライオンのように狡猾で獰猛になる。そのことを総は知っていた。

「それより、ハルに絡んだクソ野郎は後片付けしたのかよ」

ベッドに寝転がり頬杖をつきながら尋ねた信人に、総はさっき鳴った携帯を開きベッドに投げた。信人の目が携帯の画面をとらえる。画面に写された写メに、信人は楽しそうに笑みを深めた。

「馬鹿な奴ら」

携帯の画面に写されていたのは写メ付きのメールだった。差出人は総の友人であり片腕的存在の慧斗からだった。彼から送られた写メには、地面に突っ伏したように倒れている男子高校生三人が写っている。彼らは日中、晴に絡んだ男子高校生達だった。

慧斗達によって¨制裁¨を受けた彼らの顔は血にまみれ膨れ上がっていた。

メールの最後の文には『言われた通りしといた』とだけあった。

「――――晴に手ぇ出した時点で終わってんだよ」

「あぁ」

二人が言葉を交わしていると突然扉が開いた。晴がヒョコリと顔を覗かせる。

「――――飯、できた」

信人は勢いよく顔を上げ、真剣な顔で言う。

「ケチャップで」

「絵描いときましたー」

晴の答に満足した信人はベッドから起き上がり、晴の肩を抱いてリビングへと向かっていった。晴は振り返り総に話しかける。

「総も早く」

「今行く」

パタンとドアが閉まったのを見て、総は立ち上がり自分の携帯を拾う。写された写メを感慨なく見下ろしながら、信人が先程言った言葉を思い出した。

晴に手を出した時点で、その人間は無事ではすまさない。

それが信人と総が幼い時から決めた約束だった。

信人のファンや総に逆恨みする不良のせいで晴はいつも悩まされているが、彼女はこうした幼なじみの裏を知らない。しかし、信人と総は晴に一回もそのそぶりを見せようとはしないし、見せる気もなかった。

晴にはただ平凡な日々を過ごしてほしいのが信人と総の願いだからだ。

「総!」

「今行くっつーの」

痺れを切らし顔を覗かせた晴に、総は携帯を閉じ部屋を出た。

その顔はいつもの晴が知る幼なじみの顔だった。




ハルの日常

(君には平和な日々を)







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