A Short Story.
メランコリック
私は今屋上にいる。
ここには俗に言う『白衣の天使』が何度も行き来していた。理由は簡単。ここは病院だから。
シーツとかを干す為に毎日白衣の天使はここに来る。それで必ず私を見つけると「お昼には戻っておいてね」とか「夕方には戻っておいてね」と釘を刺していくのだ。
そんな事言われなくてもちゃんと戻る、と内心思うが口にはださずに「わかりました」とだけ言っておく。
そもそも何で私がこんな所にいるのかと言うと、一週間位まえにちょっとした病気を発見したのだ。
ちょっとしたと言う位だから死ぬ程悪い訳ではない。少し入院して手術すればすぐ治る病気だ。でも私は手術せずにここにいる。やっぱり怖いのだ。手術すると言われて不安にならない筈がない。自分の身体に刃物で傷つけられるだけでも怖いのに、失敗すればすぐにポックリ逝ってしまう。そんなの嫌だ。
私は空を仰いでみた。空色のキャンパスに白い絵の具で線を引いたような飛行機雲があった。
青と白のコントラストが眩しい。
そんな時、ふと影が差した。
何だと思い今の体制のまま首を後ろに傾ける。
「誰?」
逆光で表情などが見えないが人が立っているのは確かだ。
「僕はシュウヘイ」
「ふーん」
自分から聞いておきながらあまりにも素っ気ない返事だと思う。
だけど彼・シュウヘイはそんな事気にもしていない様ににへらっと笑うと事もあろうか私の横に腰を下ろした。
「キミは何をしてたの?」
シュウヘイが笑顔を崩さずに聞く。
「何してたんだろ」
聞かれて考える。特に何かをしていた訳ではない。空を見て思いに耽っていただけだ。
「そうじゃなくて。“キミは今まで何をしていたの?”」
シュウヘイは否定した。何を否定したのか解らないが先刻聞いたような質問を強調してきた。
私の心の中の返答を否定したのだろうか。だとしたらかなり凄い事だがあえてそれは考えない事にした。
”今まで“と聞いてきた。その“今まで”というのは今日の事ではなく入院してからの事を聞いているのかもしれない。
「わからない」
それでも考えてもわからなかった。するとシュウヘイは「そっか」と言って真っ直ぐ前を見据えた。静かな沈黙が訪れる。
風が吹く度に私とシュウヘイの髪が揺れる。
「僕ね」
不意にシュウヘイが口を開く。
「病気なんだ」
「ふーん」
病気なんだと言われても大した反応もできない。「私も病気なんだ」と言った所で同じ気持ちを共有するつもりもない。
「だからさ」
「…?」
「手術しよ?」
「はぁ?」
何を言い出すんだコイツは。
「君が手術すればいいでしょ」
私がそうシュウヘイに言うと首を横に振った。
「ダメ。僕よりキミが手術受けなきゃ」
「…意味わかんない」
本当に意味わかんない。わかんないからまた空を仰いだ。
「怖いの?」
ドキッとした。シュウヘイをキッと睨むとまたにへらっと笑う。
何かムカつく。
「怖いのはみんな一緒だよ。僕も怖いしね」
「じゃあ聞かないでよ」
「確かめただけだよ。聞いた訳じゃない。」
…ますますムカつく。
「僕はね、キミだから受けて欲しいんだ、手術」
「ホンット意味わかんないね、君」
「よく言われる」
クスクス笑いながら応えるシュウヘイ。ホントわかんない奴。
でも何故かそんな奴に話したい自分がいる。
「私───」

あれから何時間経っただろうか。
彼・シュウヘイに自分の弱いところをさらけ出したのは。
シュウヘイは私の話を静かに、時々相槌を打ちながら聴いていた。そしたら、
「わかった」
って。それから
「大丈夫」
って。
何が大丈夫なのかわからないけどそれを聞いて安心している自分がいる。
不思議だ。さっきまではムカつく奴だったのに今は全然そんな事ない。むしろあるのは安心感だけだ。
「大丈夫。キミなら生きれる」
シュウヘイが言うなら大丈夫だろうか。
私は立つとシュウヘイを見下ろした。
「ありがとう」
そう言ってその場を後にした。



次の日私は手術を受ける事にした。勿論手術は成功。この事を知らせる為にシュウヘイを探した。
だが病室を知らない為一度ナースステーションに聞きにいく事きした。
「あのシュウヘイって男の子の病室知りたいんですけど」
シュウヘイの名前だけだと解らないだろうと思い彼の特徴を付け加えてみた。
「もしかして清水修平君の事?」
「?ハイ、多分そうです」
なんとも曖昧な答えだなと思ったが特に気にする事もないなと思った。が、看護士さんは困った顔をした。やっぱり自分の回答がダメだったのかと思ったが次の瞬間そんな考えも覆された。
「修平君ね、十日に亡くなったのよ、病気で」
「え?」
耳を疑った。
「病気でね。もう手術しても治らない病気だったの。まだ若かったのにね」
死んだ?
何時?
十日?
私が入院した日は?
十日だよ?
頭の中が真っ白になり、気付いたら走っていた。後ろで看護士さんの声が聞こえるけど無視した。
私が向かったのは彼と出会った屋上。
バタンッ、と扉を開ける。そこには白いシーツが干されているだけで誰もいなかった。
私はあの時と同じ様に空を仰いだ。
何で彼はとか、もう考えない事にした。
ただ1つだけ死んだ彼に言っておきたい事があった。

「向こうに逝っても元気でな!!」

この声は届かないけど想いは届けばいいと思った。
そんな青と白のコントラストが眩しい今日この頃。

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あきゅろす。
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