NandS
其の1
 キキッと錆付かせた音を鳴らせ自転車を止める。目の前には“秋山中華料理店”の看板。
「出来ればこの先に行きたくないんだけどなぁ……」
 軽く溜息を吐き自転車を止める為に空いている場所を探す。
「このチャリ……」
 悪い事は重なるものだ。誠一の目の前には見覚えのある自転車が二台止めてあった。
「やっぱり」
 その自転車の持ち主は羽山兄妹のものだった。
「公太と亜須香まで来てんのか」
 普通は七海と二人だけでこなすのだが、稀に二人だけじゃ手に負えない場合等、後方支援として羽山兄妹の力を借りる時がある。
 つまり今この状態は非常に不味い状況のようだ。
「手に余る大物じゃなきゃいいんだけどな」
 誠一は一人呟きながら自転車を適当に止め料理店へ入った。

***********

「誠一さん! こっちです!」
 誠一が店に入ると日本人にしては色素の薄い瞳と髪を持つ少女が席から立ち上がり手を振っている。
 誠一は片手で応えその少女――亜須香達の居る席へと向かう。
「よっ! 誠ちゃん遅かったね」
 人懐っこそうな笑みを浮かべて公太が明るい声をあげる。
「そりゃぁ、俺が一番遠い場所から来てんだから当たり前だろ」
 そう言いながら誠一はポケットからディスクを取り出し机に置き一言付け足す。
「パスワードは解んなかったからな」
「まぁ、誠一に解読できるとは思ってなかったら当然の結果ね」
 それまで黙って座っていた黒髪に黒曜石のような瞳の持ち主、香村七海が悠然と言い放つ。
(うわっ! 機嫌悪っ)
 その言葉の隅に隠れた苛立ちに誠一は無言で顔を顰めながら空いている椅子を引いて座る。
「オレと亜須香で調べてみたが、そのディスクの中身やそれを渡した奴等の情報が全く掴めなかった」
 誠一が座ると公太が口を開く、その口調は何時に無く真剣だった。
「たが、七海ちゃんとこに電話してきた相手は大体だが調べがついた」
 一旦、言葉を区切り公太は亜須香に目配せする。亜須香は公太の視線に頷くとノートパソコンを取り出し誠一と七海に画面が見えるように置いた。
「組織アルテミス、それが彼等の名称です」
 亜須香はキーボードを脇から操作しながら説明する。
「今は彼女、佐波幸乃が中心で動いているようなのですが……」
 亜須香はそこで困った表情を浮かべ言葉を繋げる。
「それ以上の情報も、それ以外の情報も全く掴めないんです……」
 亜須香の操作したパソコンの画面には『佐波幸乃』の名前と顔写真、それにちょっとした統計表のみ表示されていた。
「つまりは意図的に流された情報って事かしら?」
 七海はつまらなそうに画面を見ながら言う。
「その可能性もありますし、そうこちらに思わせたいのかもしれない……」
 亜須香は頷き答える。
「どちらにしろ情報が少なすぎるんだよね〜」
 軽い口調で公太が現状を伝え、それから沈黙の幕が下りた。
 何かに悩むように口を閉ざした三人に誠一はずっと気に掛かっていた事を告げる。
「なぁ、この『佐波幸乃』って確か七海の担任じゃなかったか?」
 時間が止まった、ような無言。
「「「え?」」」
 三人の声が見事にハモリ三人の視線が一斉に誠一に注がれる。
「違ったっけ?今年来たばかりの新任の……」
 三人の視線に気圧されつつも誠一は曖昧な記憶を言葉にする。
「公ちゃん覚えある?」
「いや、オレは興味無い事は全く……」
「あたしも担任の挨拶の時に丁度依頼が来てたから全然」
 七海と公太のやり取りに誠一が不安を覚え始めたその時――。
「誠一さん! ビンゴです!」
 キーボードに指を走らせていた亜須香が声を上げた。
「今、誠一さん達の学校のデータベースにアクセスしてみましたら……」
 亜須香は再び画面を誠一達に見やすいよう一転させた。
 画面には一年三組担任『佐波幸乃』の文字とその顔写真が映っていた。奇しくもそれは先程、亜須香に見せられたものと同じ人物であった。
「……と言ってもこれだけじゃな……」
 結局の所、情報不足は否めない。誠一は溜息と一緒に体の力を抜き天井を見上げる。思いの外敵は手強い。
 机に置かれたディスクはその存在を誇張するかのようにただ鈍く光っていた。
 再び沈黙の幕が四人に下りる。

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