NandS
其の7
『フフフふっふ〜ん♪このあたしにタダで依頼から手を引けと?あなた、いい度胸じゃない?その言葉、絶対、後悔させてあ・げ・るっ』

 ブチッ!!

 ツーツーツー……

「あらあら、交渉決裂ね。どうしましょう」
 暗闇の中で青々と光るディスプレイを眺めながら一人の女が受話器を置いた。その口調は困った風であり逆に楽しそうでもあった。
「できればあなたとは相対したくは無かったのだけどね」
 青々と光るディスプレイには香村七海の文字と何かの統計のようなグラフと数値が映っていた。
 女は置いた受話器を再び持ち上げ慣れた手つきで番号を押していく。
『ミス佐波、現状報告を』
 呼び出し音すらさせず相手は電話に出た。
(相変わらず電話口にでも張り付いているのかしら)
 電話番する姿を思い浮べありえないわねと苦笑した。苦笑が電話先まで伝わらないように女は努めて平静を保ち応答する。
「プランAは失敗したわ。プランBに移行する。私が行くまでに人員配の置換えを終らせて。それと引き続き監視を続け現状維持に努めなさい。以上」
『了解した……ミス佐波』
「言いたい事はわかってるわ。でも私達は必ず成功させる」
『……失礼した』
「いいのよ」
 女が答えた時には既に通話は切れていた。再び受話器を置き虚空をみつめる。
「考えれば考える程苦しくなるわ……」
 誰に言うでもなく零れる言葉。
「迷う必要などない道は一つだよ。佐波君」
 何時の間にか呟きを洩らす女の隣に一人の年老いた男が立ち諭すように女に話し掛けた。
「迷う等ありえませんわ。私達にはあのディスクの中身が必要なのですから」
 女は唐突な老人の出現に驚く事無く答える。白く細い指で口元を覆いながら楽しそうに。
「すまないね。どうやら誤解していたようだ。君は楽しくて仕方がないのだね。ならば行ってくるといい。期待しているよ」
「言われなくても」
 女はそう言うと座っていた椅子から軽やかに立ち上がりヒール独特の音を鳴らしながら老人の脇を通りこの部屋の唯一の出口である扉へ向かう。
「あの子は……あの子は私の期待に答えてくれるかしら?」
 老人と擦れ違いう瞬間に女は呟きを一つ洩らし扉に手をかけ振り向いた。
「ねぇ、どう思う?」
 女は子供のように無邪気な顔で問う。
「プランAが失敗している時点で君の期待に応えているのではないのかな?」
 女が気付いてあるであろう事を敢えて声出さなかった確信を老人は言葉として伝える。
「そうね。えぇ、そうだわ」
 女は老人の答えに満足したのか絶世の微笑みと譫言のような呟きを残して扉を開き去った。
「そうだとも……期待しているよ。佐波幸乃 君」
 暗闇の部屋に残された老人は虚ろな目で呟くとゆっくりとした足取りで女が出ていった扉へ向かう。
「だが、その純粋なまでの探求心がいずれ我らの敵になるやもしれぬ……。その時は頼んだぞ」
「仰せのままに」
 暗闇にから放たれた言葉に一つ頷くと老人は顕れた時と同様に唐突に消えた。

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あきゅろす。
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