extra……*
始まりの鐘(後編)
┗NandSより
「わたし、元気になれるかな?」
「有川……」
 栗色の髪を二つに結わえ微笑む彼女を泣きそうな顔で見つめる自分がいる。
「もとには戻らないのかな……」
「そんな言い方やめろよ」
 吐き捨てるように俺は言う。
「うん、そうだね」
 彼女、有川 紗優は白血病だった。骨髄のドナーが見つかったと聞いていた。必ず助かるはずだった。それなのに……。
「ねぇ、誠一くん」
 静かな病室で紗優は何時もと変わらない笑顔を見せる。違うのは病的なまでに青白い肌をして、沢山の消毒をして専用の服を着て更に紗優を囲むビニールの簾越しでないと会えず喋る事もできないと言う事だけ。
「昔、小さかった時みたく紗優って呼んでくれる?」
 恥ずかしそうに紗優は目を伏せながら言葉を続ける。
「二人で居る時だけでいいの……ダメ?」
「―――」
 言葉に詰まった俺を見て紗優は柔らかく笑った。
「ごめんね……。でも、一つだけ聞かせてくれる?明日手術が成功してわたしが元気になれたら……」
 そこまで紗優は一気に言うと一呼吸間を置いた。
「……わたしは誠一くんが好き。誠一くんは、わたしの事……好き?」
 紗優は答を待つかのように俺を見ている。
「……わかった。ちゃんと有川が元気になった言う」
 紗優は花が咲いたように笑った。本当に綺麗だった。
「幾らだって紗優って呼んでやるから、元気になってちゃんと俺の返事聞けよ」
 紗優に言う答はもう、決まっている。ずっと前から気付いていた。ただ切っ掛けがなかったのかもしれない。
「ありがと。絶対、絶対元気になるから、わたし」
 紗優は瞳一杯に涙を溜めて言う。今もその瞳から零れた一雫がやけに印象に残っている。

 紗優の骨髄移植手術は成功した。紗優は元気になると誰もが考えた。紗優自身も。けれどそれは叶わなかった。拒絶反応が出たのだ。紗優は呆気なく逝ってしまった。手術後12時間後の事。
 静かな病室で紗優は何時ものように眠っていた。違うのは無菌室ではなく普通の病室で二度と紗優は目覚めないと言う事だけ。
「さ、ゆ……。まだ、俺言ってないよ……」
 柔らかく微笑む紗優が脳裏から離れない。あの時の涙も……。

*+*

 あれは小3の時。あれから1年が経った。俺は今、屋上にいる。よく紗優と授業をサボった給水タンクの上に。
 たまたま担任から預かった屋上の鍵を使い合鍵を作った。合鍵を作ろうと言ったのは紗優でこの鍵のことは二人だけの秘密。
 紗優がいなくなってからもよく此処へ来てしまう。わかっているはずなのに……。
 見上げた青い空は何も映さない。心地よい風も何も語らない。
「さゆ」
 消え行きそうな小さな声で呟く。握り締めた鍵がただ痛みとして手の中に伝わる。
 ギシ、ギシ
 その音が聞こえた瞬間俺は跳ね起きた。この屋上にこれるのはただ二人、俺と……。
 そこには黒髪の少女が驚いたように目を見開き、梯子から手を滑らしていた。
「あ……」
 反射的に手を伸ばし間抜けな声を上げる少女の手首を掴む。
「あんた誰」
 少女はポカンとした表情でそれでも状況を掴もうとする為か瞳が忙しなく動いていた。
「手、放すけど」
 少女は、ハッとしたように梯子を掴み直す。
「う、うん。ありがとう」
「別に」
(紗優なわけないか……何期待してんだろ、俺)
「あたし、香村七海」
「……?」
 不思議そうな顔する俺を見て少女は不愉快そうな声で言う。
「“あんた誰”って言ったから」
「あー。俺、聖誠一」
 少女のいきなりの登場に困惑したせいか少し記憶が飛んでいた。
「ここで何してるの?」
 勝ち気な瞳を向けながら少女は聞いてくる。
「昼寝」
 特に何かをしていたわけではないので適当に答える。
「昼寝ってまだ1時間目終ったばっかだけど……」
「じゃぁ、朝寝」
 手の中に伝わる鍵の感触を確かめながら答える。
「要するにサボり?」
「そうとも言うな」
(サボり、か)
「どうやって来たの?ここ鍵掛かってたよね?」
「ん、これ」
 そう言って手の中にあった鍵をかざす。
「鍵?」
「そ、ここの合鍵」
「どこでそんなの」
「秘密。あんたこそどうやって来たんだ」
 逆に聞き返すと少女はポケットからヘアピンを取り出しかざしてきた。
「これを使ったの」
「……へぇ〜」
 所謂、ピッキングというやつだろうか。
(どうでもいいけど)

キーンコーンカーンコーン

 休憩時間の終りを告げる鐘が鳴りだした。

キーンコーンカーンコーン

 放送後の独特な余韻を残し2時間目の始まりの鐘が鳴り止む。
「俺はまだここにいるけどあんたはどうすんだ」
 何故かはわからないが俺は少女に自然と聞いていた。
「ん〜……。サボるわ」
 少女は少し考えるようにして結局俺の隣に腰を下ろし言った。

*+*

 紗優が導いてくれたのかもしれない。何時までも立ち直れない自分を七海の笑顔に。
 そんな事を考えながら俺は何時も通り給水タンクの上でサボる。そして何時も通り――。
「誠一っ!起きろーっ!」
『誠一くん、起きて!』
 刹那そこには確かに紗優がいた。

キーンコーンカーンコーン

 この屋上には俺にとって掛け替えの無い大切な人がいた場所、そして二度とその人を失わないように。
 握り締めた鍵から手を離す日は近いかもしれない。

キーンコーンカーンコーン

 始まりの鐘が鳴った。


-fin-

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あきゅろす。
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