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短冊集
○sweet dead -どうせ死ぬなら甘い方がいい-
「はぁ……」

 何度目だろうか。彼──大内和也はため息を吐いた。
 いつもと同じ帰り道。違うことといえば、いつもは和也一人の車両に、サラリーマン風の男が一人乗ってきたことだけだ。和也は車両の中間辺りで窓を背にして座っていた。男は先頭車両側に歩いていき、和也と反対の窓を背にして客席した。そしてすぐに目を閉じた。
 和也はちらりとスーツを着た男を見た。男のいかにも会社勤めですという雰囲気に、またため息を吐きかけた。しかしそのとき体が揺れ、周りの景色が動きだした。どうやら次の駅に向かって移動し始めたようだ。
 動きだしてからしばらくして、和也からみて男とは反対の貫通扉が開いた。誰かが入ってきたようだ。和也は今度はそちらに目をやった。女だった。いや、制服を着ていることから少女と言う方が正しいだろうか。しかしは彼女の凛とした顔を、和也は少女としてではなく女性としてとらえてしまった。
 和也は彼女に見とれてしまっていることに気付き、あわてて目を逸らした。しかし彼女は和也のことを全く気にしない様子で前を通り過ぎていってしまった。

 甘い──。

 香水の銘柄など思いつかず、ただ甘いという感想しか持てないことに、和也は自身の色気のなさを自嘲気味に鼻で笑った。
 彼女はスーツの男の前で歩みを止め、男の方へ身体を向けた。これだけ空いているのに、わざわざそんな男の横に座るのかと、和也は嫉妬混じりの疑問を浮かべた。
 男は自分の目の前に誰かが立っていることに気付いたようだ。目を開けるとゆっくり顔を上げて女のことを見た。
 しばらく男のことを眺めていた女を見て、あの二人は知り合いなのだろうと、和也は推測していた。しかし男に向かって放った彼女の一言に、納得しかけていた和也は一蹴された思いだった。

「アナタ……私にいくら払える?」

 和也はあまりの内容に、つい声をあげてしまいそうになった。質問された当の本人であるスーツの男も、目を大きく開いて自身の驚きを表している。

「な、な、何を言うんだ君は! そ、そんなこと、する訳ないだろ!」

「買わないの……」

 彼女はその顔に似合わない、涙を流しそうな哀しげな声で言った。

「あ……そっ──」

 語尾を強めるのと同時に、彼女は右腕を薙ぎ払った。横に出された彼女の右腕は、元の長さよりも伸びていた。いや、彼女の手には似つかわしくない、日本刀が握られていたのだ。

「ふん。所詮はこの程度か」

 彼女は呟き、和也は息を飲んだ。
 気が付けば男は首から上を無くしてしまった。和也の感情は度を越え、むしろその様子を静かに眺めていることができた。男の無くなってしまった部分は椅子の上に落ち、彼女の影にうまく隠れてくれたのが、和也にとって唯一の救いだ。もし彼が男の苦悶の表情を見ることになっていたら現状とは異なっていただろう。
 彼女は和也の方に振り向いた。愛想笑いもしてくれず冷めた表情をしている。目の前を通ったときと同じ顔のはずなのに、何かが違う。
 彼女がこちらに歩いてきた。和也は足にも腕にも力が入らず動くことができない。彼女はすぐに彼の目の前に来てしまった。

「アナタ、今のことは忘れなさい」

「っ──」

 頭の中がぐちゃくちゃになり、具体的に何かを言おうと思った訳ではない。しかし冷たく放たれた言葉に対して、何か言ってやらなければという使命感が沸き上がり、和也は口を開いていた。だが彼は言葉を成す前に口ごもってしまった。突如、彼女の胸から刺が飛び出してきたのだ。
 刺の周りに赤い花びらが飛び散る。女は唇の端からルージュを垂らした。

「くっ、もろいと思ったらこういうことか……」

 彼女は呟きながら振り向いた。振り向きざま、刺が抜けて再び花びらが散る。

『貴様……何者だ?』

 取り残された身体に持ち上げられながら、切り落とされた頭が落ち着きはらって質問した。その眼は女をとらえていた。その右腕は先へたどるほど細くなり、さきほどの刺となっていた。

「アナタを造った人達に雇われたのよ。でも今回はタダでもよさそうね」

 女は胸にできた赤いブローチに手を当て、赤い掌を見つめて笑った。

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