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短冊集
▽侵食日記
 大学からの帰り道の川原で拾った一冊のノート。ぱっと見て日記だと分かった。ひどいと思われるだろうが、ネタになるんじゃないかと思い、持って帰って来てしまった。冒頭のほのぼのとした内容を読んで、貪欲に人の日記に笑いを求めてしまった自分がバカらしくなった。
 しかし読み進めると、その状況はふと変貌した。血が出てもおかしくない暴力、タバコの火を押しつけられるといった体験談ばかりが視界を満たしていく。めくればめくるほど同じ言葉が繰り返されるようになる。

『痛い、痛い、痛い──』

 止めよう止めようと考えながらも読み進めてしまい、日記が書かれている最後のページにたどり着いてしまった。日付は昨日を示していた。

『もう痛みも消えてきた。でもどうしてだろう、力がはいりにくいな.せっかくたのしくにっきをかいているのに』

 とんでもないものを拾ってしまったようだ。拾ったのは自分の意志だ。後悔とともに、こんなものを持っていることへの恐怖が湧いてきた。
 日記を書くことが楽しいと書いてあるので、返した方がよいだろう。このノートにしか書けないという訳ではないだろうが、探しているかもしれない。今、拾った場所に行けば直接返せる可能性もある。しかし会う勇気などない。
 自己満でいい。本人が拾わなくても元の場所に戻せればそれで気が済む。明日拾った場所に戻しにいこう。そう考え、気味は悪いが一晩手元に置いておくことにした。

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 前日に悩ましげなノートを見つけたとは思えない目覚めのよさだ。
 ふとそのノートに目線をやると違和感を覚えた。そうだ、昨日は眠る前に閉じたはずだ。しかし今は開いている。いぶかしく思いながらノートを閉じようとした。

「ん……」

『今日はとっても悲しいことがありました。日記をなくしてしまったの。いったいどこに落としたのかしら。楽しかった日記が書けなくなるなんて悲しい』

 見慣れない内容が書かれている。しかも日付は昨日。寝る前には書かれていなかった内容だ。

「そうか。これは夢だ」

 一番手軽なところで手をうつことにした。もう一度寝ればきっといつも通りの日常に戻るはずだ。

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「……やべ」

 デジタル時計は二桁の時間を示している。これは完全に遅刻だ。
 支度をしている最中、視界にあのノートが入った。今度はちゃんと閉じていた。中身が気になるが今は大学に行くことを優先しなければいけない。
 急いでいたため、ノートをカバンに入れるのを忘れて家を出てしまった。家に帰るのは夜になるから明日こそ戻しに行こう。

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「うそだろ……」

『今日は日記を探しました。もしかしたら川原にあるかと思って探したけどありませんでした。明日こそ見つかるといいな』

 昨日帰ってきてからはいつも通り過ごし、朝起きるとノートが開いていた。また新しい日記が書かれている。こんなこと有り得ない。
 こんなものさっさと捨ててやる!

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 ノートは大学に行くついでに捨てた。憂さ晴らしも兼ねて授業後には友人と酒を飲んだ。会話も弾んで家に帰ったときには日を跨いでおり、アルコールも相まってすぐに寝てしまい、気が付けば朝になっていた。

「きもちわりぃ」

 昨日の影響で胸の辺りがムカムカする。感じが悪いだけで本気で吐きそうな訳ではなかったが、吐きそうなほど驚くことになった。

『昨日は川原を探して日記が見つからなかったので今日はパン屋の方を探しました。日記のためっていうより昨日いい香りがしていたから気になっただけなんだけどね』

 机にはあのノート。最新のページが開かれていて日記の日付は昨日だ。

「くそったれ! 誰がこんなことしてんだ!」

 いや、新しく日記が書かれていても不思議はない。ノートを拾ったやつが書いていればいい。しかし今ここにノートがあることはおかしい。

「誰かが忍び込んだのか……?」

 簡単に周りを確認し、何かがなくなっていたり誰かが潜んでいそうな気配はない。ノートを置かれただけだが、また同じことをされるのは歓迎できない。今日は友人を家に誘い、誰も侵入できない状況を作ってやる。もちろん今日も大学に行くときにノートは捨てていくつもりだ。

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 今日は爽快な朝だ。自宅だったので飲み終わった後の移動等気にせず、やけ酒のように飲んだがムカムカはない。そしてなによりあの日記もない。誰かが家に侵入してきた様子はない。気が付かなかったというネガティブな考えを考慮して、連れが寝ている間に一通り家の中を見たがどこにもなかった。
 友人は大学の授業が朝一からあるので見送った。自分は午後からの授業だったので出かけるまでの時間を無難にすごそうと思った。
 それだというのに。

『今日は郵便局の方に行きました。それでも日記は見つからない。明日はどこを探そうかな』

「どうなってんだ!」

 友人がいたずらをした訳ではない。ノートを置く暇はなかった。爽快さが一気に不快になった。
 今日は金曜。学校のあとは友人の家に泊まることにしよう。

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 週末は楽しめた。ノートは燃やしたからもう戻ってくるはずがない。家に帰ってきたのは日曜の夜11時過ぎてからだった。

『今日は坂の手前まで探しました。でもありませんでした。明日は坂の上まで探しに行こう。』

『今日は坂を上りながら探しました。でも見つかりませんでした』

「なんで……」

 固まってしまった。燃やして戻ってくるはずのないものが目の前にある。内容も昨日までの日付で更新されている。しかも段々と家に近づいていることに気がついた。
 はっとすると12時を跨ぎ日付が変わるところだった。

「まさかな……」

 「今日」が終わるということは、まだ書かれていない「今日」の日記が書かれているはずだ。しかしこの瞬間に新しく日記が書かれている訳はない。そう思いながらもページをめくった。

『見つけた。この家だ』

 ピンポーン──

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あきゅろす。
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