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Libretto:01
 アンノウンの出逢い





初めに言っておこう。
自分は夢見がちな乙女でも,二次元に恋焦がれるオタクでもない。

普通の,世間によくいる一般的な人間だ。
確かに漫画やアニメは人並みに好きではあったが,あまり深くのめり込む事はなかった。

二次元と三次元をしっかり区別出来る,平々凡々な何処にでもいる人間。


少なくとも,自分はそういう人間だった。


この時までは。


















特別,神を信じている訳ではない。
だが,頭ごなしに神はいない,と断言できる人間でもない。

絶体絶命に陥った時などに,人間が頼る者と言えば神サマ。
一度は誰にだってあるはずの神頼みというやつだ。


こういうのを人間の深層心理を表すモノの一つだと,考えている。
あくまで,個人の意見だが。


「…本当に神がいるなら恨むぜ,俺は」


乱れた呼吸の合間から零れるように,青年は小さく呟いた。
ザーザーと曇り空から降りしきる大粒の水滴を全身に受けながら,青年は硬い,無機質な土の上に四肢を投げ出していた。

ぐったりとしながらも,青年はかろうじて,意識を保っている。
この時の青年は,意識が飛んでもおかしくない程の重傷を負っていた。

彼の周りで雨と共に地表に溜まる一面の赤が,彼の様態を表していた。


ゴポリと血が口から湧き出る。


──…内臓……もう…限界にまで…きてんのかな…。


次第に呼吸がし難くなり,視界が薄れる。


──死って言うと……やっぱ,天国…か……?


心臓の鼓動が弱まるのを自身で感じながら,青年は仮想的な事を思う。
死後の自分の逝き場所について考えているようだ。


「………もう………いいか…」


青年は虫の息の中で微かに,最期の言葉を口にする。


自分は十分に生きた。
いや,生きすぎたかもしれない。


青年は血溜まりの中,口元に笑みを浮かべる。
それは自分を嘲るような,儚い笑み。



青年が死を覚悟して静かに目を閉じた時だった。


「死ぬの?」


急に雨が止んで,気怠げな声が実にめんどくさそうに言葉を吐き出した。

うっすら開いた先の視界はぼやけていて見えづらい。
まるで不確かな世界の中に身を置いているようだった。


「ねぇ。聞いてる?」


声が近くなった。
どうやら目の前にいる誰かが自分の前にしゃがみ込んだらしい。

もう放っておいてくれ,と言いたくなるも,青年はすでにそれを言う力さえも無くしていた。


「おぉーい!聞ーこえーてまーすかー!?」

「……うる……せぇ」


耳元で大音声で叫ぶ誰かに,さすがの青年も虫の息の間から無理矢理言葉を吐き出した。

あ,生きてる。と言った誰かの言葉が残念そうに聞こえたのは幻聴だと思いたい。

そう余裕じみた事を思って強がりながら,また口から赤を吐き出す。
青年の体は限界にきていた。


「あちゃー…これはもうダメね。死ぬわよ,貴方」

──そんな事…自分で分かっている…。


青年の吐血に驚くでもなく,気怠げに呆気なく言い放つ誰かに青年は内心で溜息を吐き出しながら思う。
この目の前の誰かは自分が苦しむのを楽しんでいるのではないか,と。

何故か,そう感じた。


──…死ぬ前に嫌な奴と出会っちまったな…最期まで運ワリィな,俺って。

「あらー,よく分かったわね。あたしの性格。貴方の思う通り,あたしは今の貴方を見て楽しんでる。つまり貴方がそう感じたのは御名答!ってわけ」


心が読めるのか,目の前の誰かは青年にすごいすごい,と拍手を送る。
見抜かれたのはジョットとアラウディ以来だ,と喜ぶ誰か。

死にそうな人間を見てもマイペースである事は当初にかけられた「死ぬの?」と言う場違いな言葉から既に知っている。
だが,ここまでくるとただ単に脳天気なだけなのでは,と思い始める。

拍手をし出した時点で目の前の誰かがどこか可笑しい事を青年は察していた。


「で,本題なんだけど」

──…知るか。もう……放っておいてくれ。

「連れない事言わないでよー。人間の寿命って案外短いものよ?ほら,後生だと思ってあたしに協力なさい」


何やら上から目線で言い始める誰かに青年は呆れて溜息を吐き出す。
後生,と言われるほど,自分は年をとっていないし,まだ十五だ。

だんだん痛みが遠退く。
意識が薄れ始めたのだろうか,と思って溜息を吐き出した。

その時。


青年はある異変に気付く。



おかしい。
先程までは溜息どころか息さえもまともにする事が出来なかった。
それが今,普通に吐き出せていて,傷の痛みがほとんど消えかけていた。


ぼやけた視界は変わらないが,確実に,自分の体の傷が癒えている。
もしかしたら,もう痛みを通り越して感覚がおかしくなったのでは。

そう思って青年は自分の体の上半身を起きあがらせた。
痛みで動かすのが困難だった体は,先程が嘘のように呆気なく,起き上がる事が出来て,青年は思わず呟く。


「……嘘……だろ…?」


全身の傷が無くなっていた。
すべて綺麗に無くなっていて,元々怪我などしていなかったかのように,本当にキレイさっぱり無くなっていた。


「ま,あたしにかかればこんな怪我,どうって事無いのよ」

「……え…?」


ぼやけた視界の中でも分かる程に,大袈裟に手のひらを裏返して言う誰か。


「そういう事だから,貴方にはあたしに協力してもらうわね」


ふふ,と笑う誰か。


「これからよろしくね,砂薙」


当たり前のように,最初から知っていたかのように。
目の前の誰かはそう自分に告げた。


それからは,何も覚えていなくて。
ただただ,その誰かの背後にあった炎のように揺らめく黒い影に飲み込まれるしかなかった。


















ブラックアウトした意識
目覚めた後に起こる事は誰も知らない。







あきゅろす。
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