07 チェロ
楽器店に響く音。
他の誰でもない。
僕の音。
チェロ
滑らかにすべる弓。戸惑いもなく動く指。
無伴奏チェロ組曲1番 プレリュード。
難易度がそう高くないこの曲は、チェロを習いたての頃から何度も繰り返し弾いてきた。
そのせいか、運指も運弓も僕の体が覚えてしまっている。
いつもと同じ運指、同じ運弓。
だけど……。
最後の和音を弾ききって、ゆっくり瞼を上げると、最初に目に飛び込んできたのは、力いっぱい拍手をする葉山さんの姿だった。
「すごいです、志水さんっ!!」
少しだけ頬を紅色に染め上げた彼女は、楽しそうにそう言った。
僕は彼女にお礼を言うと、そそくさと立ち上がってチェロを片づけ始める。
なんだかちょっと照れくさい。
今日の演奏は、今までで一番納得のいく演奏だった気がする。
先程の演奏を振り返りつつ、店を出るべく葉山さんに声をかける。
軽く頷いた彼女の顔には、もう行くの?、と書いてあった。
店主にお礼を言って彼に背を向けたとき、。背中から声がかかる。
「今日の音は一段と良かったね。何を想って弾いたのかな?」
店主の言葉に、僕は振り返ってまじまじと彼の顔を見上げた。
店主はふっと笑うと、あの子が待ってるよ、と僕の背中を軽く押した。
僕は彼に背中を押されるまま、店の扉の前にいる葉山さんのもとへと足を運んだ。
店の外に出ると、再びむっとする空気と対面する。
相変わらず鳴き続けている蝉たち。
蝉の声で倍増している熱気に少し眉をひそめたとき、隣から弾んだ声がした。
「志水さんのチェロ、すごく素敵でした。今まで聴いた無伴奏チェロの中でも一番素敵でした!」
蝉の声が聞こえなくなる。
「まるで、教会で聴いてるみたいで。」
僕、何を想って弾いていた?
「志水さんの音、好きだなぁ…。」
何を……?いや、誰を…?
「また聴かせてくださいね!」
彼女の言葉は、他のどんな賞賛の言葉にも勝るものだった。
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