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11 真


告げられた真実。
知らされた事実。


知らなかった。
全く、気づかなかった。











二人の前に頼んでいた飲み物が差し出される。
店員に目礼をして、その流れで視線を葉山さんに向けた。


昼時のカフェだけあって、周囲は賑やかさにあふれている。
その騒がしさから切り取られたような静かな空間に、僕たちは身をおいていた。



「生まれつき、聴力が弱かったんです。」



悲観するでもなく、淡々とした口調で話し出した葉山さん。
目の前に置かれたカップに視線をおく彼女の目は伏せられ、長い睫毛が影を落としていた。



「左耳の聴力はほぼなくて。完全になくなったのは小学生のとき、かな。」



ゆっくりと、自分の過去を反芻するかのように話す。



「世界が一気に遠くなったような…そんな気がしました。右耳は聴こえてたんですけど。それでも、世界に置いてかれた気がしたんです。」



「幼稚園の頃から習ってたピアノ、それをきっかけにやめました。聴こえないから。」



「でも、ピアノを弾くことはやめられなかった。ピアノを弾いている間だけは、私は世界の真ん中にいられる。そう思うんです。」



ふと、教会で楽しそうにピアノを弾いていた葉山さんの姿が浮かんだ。

そうだ。確かに、あの時は世界の中心に葉山さんがいた。



「じゃあ、今は右耳だけ…」
「はい。とはいっても、聴力は弱いまんまですけど。」



そう言って、右側の髪をかきあげて耳を見せる。



「これ、つけてないと外には出れないんです。」



彼女の耳には、肌に同化するような色をした機械がはめこまれている。



「こっちの耳も、年々弱くなってるみたいです。」



淋しく笑いながらそう言った彼女は、髪を元のように、耳が隠れるようにおろした。



「だから今のうちに、右耳も聴こえなくなってしまう前に、いろんな音に出会いたい。私の大好きな音に出会いたい。」





世界中の音が私に届かなくなっても。
無音の闇に堕ちてしまっても。
私の心に流れ続ける、そんな音に。





彼女の境遇は、僕の想像ではけっして埋められないものだったけど。



けれど、彼女の気持ちは、言葉は、すとんと僕の心に落ちてきた。




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