10 告白 二冊の楽譜を手に、カウンターへと向かう。 一冊は目当てだったチェロの楽譜。 もう一冊は、ふと目に止まったピアノの楽譜。 告白 会計を済ませ、CD売り場へと向かう。 先程購入した二冊の楽譜を手にして。 ずらりと並んだCDを前に、僕はキョロキョロと目的の人物を探す。 「……いた。」 彼女は、CDを試聴できるスペースでヘッドホンを片耳にあてていた。 なぜ片側だけにあてているのだろう? 手にしているジャケットにはチェロを持つ男の人がうつっている。 チェロの曲を聴いているの? とたんに、自分の頬がゆるむのを感じた。 「………。」 このまま彼女の前には行けない、とペチペチと自分の頬を叩いてから再び歩き出す。 目をつむり、熱心に聴いている彼女のそばまで行くと、ヘッドホンをあてていない方から声をかけた。 「葉山さん。」 葉山さんの反応はない。 聞こえていないのだろうか。 こちら側はヘッドホンはしていないけど…… 「…葉山さん?」 先ほどよりも大きな声で呼びかけるも、依然として反応はない。 余程集中して曲を聴いているのだろうか。 なおも反応を示さない葉山さんを不思議に思って、肩に手をかける。 突然肩に手をかけられたことに驚いたのか、葉山さんは大きく肩を揺らしてこちらに振り向いた。 「――っ、志水さんっ?!」 慌ててヘッドホンを外してこちらに向き直る。 僕と目が合うや否や、ガバッと身を倒して謝ってきた。 「ごめんなさい、気づかなくって…」 真剣に謝る彼女に、大丈夫だと緩く笑って答えれば、安堵の表情に変わった。 「その演奏者…。」 「え?」 「僕、好き。彼の演奏。」 未だ葉山さんの手にあるCDのジャケットの人物を指差して言う。 僕の言葉に、葉山さんも笑顔になる。 「私もです!ついつい聴きこんじゃうんですよね。」 お互い顔を見合わせて笑い合う。 こんな共通点があったなんて。 些細なことかもしれないけど、でも胸の奥があったかくなった気がした。 「じゃあ、真剣に聴いてたからなんだ。」 「?」 「何度か呼びかけたんだけど…」 「何度か、ですか?」 「うん。やっぱり集中してたんだね。」 聞こえてなかった? 僕のその言葉に、葉山さんの笑顔がそれまでと違ったものになった。 どこか淋しい、泣きそうな笑顔。 そして、ぽつりと彼女の口から言葉が紡がれた。 私、左耳、聞こえないんです。 僕は彼女のことを何も知らないんだ、と自覚した瞬間だった。 . [←][→] |