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二次創作/夢
嫉妬はチョコレートと共に融解する(三輪成り代わり逆ハー奈良坂落ち/ユノ様)





疲れた、と朔は心の中で零した。

隊室に入って荷物を下ろし、仮眠用のベッドに体を投げ出す。だるさを訴える体が睡眠を欲して瞼を重くしていく。
テスト週間にかつてこれほどまでに疲労を覚えた事はあっただろうかと考えてから、彼女はすぐさま自身で否定した。いや、ない。テストごときでここまでまいる事は今まで一度たりとも無かった。



「どいつもこいつも…人に聞きに来る前に自分でやれ……!!」



うつ伏せになって枕に顔を押しつけた朔は、肺に溜まった空気と共に鬱憤を吐き出す。押し寄せる睡魔にあらがう事無く瞼を下ろしてその瞳を隠せば、彼女は泥沼に沈むようにずるずると眠りに落ちていくのだった。




































思えば、事の始まりは米屋のあの言葉であろう。



「いやー朔って普段あんなにつんけんしてんのにさ、勉強に関して頼ると嫌そうな顔でもめっちゃ親切に教えてくれんだよな!正直どこぞの先生より分かり易いぜ!」


「おい米屋ーそれは俺のことかー?ホームルーム中に良い度胸だな、ちょっと話し合うか二時間くらい」


「うっわやべ」



クラス内で米屋が失言して注目を浴びようがなんだろうが朔にとっては至極どうでもいい事だったが、如何せんその内容がいただけない。彼が堂々とそんな事をのたまったせいで自身に火の粉が降りかかったのだ。

当初、彼女はその発言自体特に気にしていなかった。何故なら彼女自身よく理解しているように、三輪朔という人物は話しかけにくい雰囲気を常に纏っているからである。コミュニケーション能力が爆発してるぞお前、と言われる米屋が冗談を言って彼女の背中をばしばしと叩いている様を初めて見た人は、必ずその光景を二度見するほどだ(ちなみにこれは米屋の身を案じてのことである)。
一般生徒ならまず話しかけてこないからまあ大丈夫だろう、と踏んだ朔の認識は甘かったと言うべきか。彼女は自身の属する学校がボーダー提携校であるという事を当たり前と思って過ごしていたので、すっかり忘れていたのだ。


―そう、彼女の周りは度胸が無いとやっていけない人々、もといボーダー所属者によって固められている事を…。


























「三輪ーちょっとこれ教えてくんね?」


「…出水が聞いてくるって珍しいな。何処だ」



特に頭の悪いわけではない出水に声を掛けられ、朔は読み進めていた本から顔を上げる。手に数学の教科書を持った出水は、首の後ろを掻きながらまあなと笑った。



「でもあの槍バカがすっげえ分かり易いって言ってたからな。どんなもんかと思ったから来てみた」


「……まさかお前あれを本気に?」


「だって槍バカだぜ?あいつに理解させる高等技術とか俺は持ってねーよ、あいつ史上最強の馬鹿だから」


「(史上最強…否定できない)…まあいいよ。それ貸して、見るから」



放課後一人で教室に居た理由も、彼の言う史上最強の馬鹿を待っていたためである。手にしていた本を閉じて渡された教科書に目を通すことにした朔は、そこで間違った選択をした事には気が付かない。今後のことを考えれば、そこで彼女は出水からの質問に真剣に付き合うべきではなかったのだ。
しかしそんな事を知る由もなく、一人の教師と生徒による勉強会は進んでゆく。この勉強会に大層満足した出水が周りに語った朔の確かな指導力の評判は、彼女の知らない所で肥大化して巡り巡っていくのである。







「よう三輪、今日は辻も連れてきたぜ」


「俺は英語について聞きたいんだが…」


「(増えた)…まあ座れ、私が分からなくても文句は言うなよ」







「ひゃみさん連れてきてみました」


「私は光ちゃんを」


「よー朔!邪魔するぜ!!」


「(また増えた)……私は万能人ではないので過大な期待はしないでくれ」







「噂を聞いてやってきたわ」


「おじゃましまーす」


「(何故だ)…那須に熊谷か。二人なら別に心配なさそうだけどな」


「ふふ、そうでもないの。理系はあまり得意じゃないのよ」


「私は逆に文系がなー。恩恵にあやかろうかと」







朔がハッと気が付いた時には、周りは自分に解説を求める人でいっぱいである。

―一度にこんな大勢の面倒が見られるか。

しかし、自分を頼ってやってきた人をすげなく追い返すのも後味が悪い。とりあえず教えるにも効率化が必要だと考えた彼女は、放課後時間のある者を教室に集めて日ごとに違う教科のテスト対策用授業を行うことにした。
真面目な朔にとっては苦肉の策のように思えたが、生徒側としては有り難い以外の何物でもない。これがまた評判に評判を呼び、英語や国語の学年関係ない教科に関しては三年まで顔を出すという一大イベントにまで発展してしまった。


自分で自分の首を絞めていることに気が付かない朔ではなかったが、一度やり始めたからには最後までやりきらなければ…。そんな責任感に駆り立てられながら、彼女は終ぞテストが終わるその日まで特別授業をやり続けたのである。













































ぱち、と目を開けると、そこは隊室…ではなかった。



「!!?」



何故、自分は隊室の仮眠用ベッドに寝ていた筈では…そう思って体を持ち上げると、くらりと眩暈が彼女を襲う。とっさに寝かされていたベッドの端に手をついて体を支えつつ室内を見渡すと、そこはボーダー内に設置されている医務室のようだった。



「起きたのか。気分はどうだ、三輪」


「!
奈良坂…私はどうしてここに?」



扉を開けて入ってきた同級生―奈良坂は、体を起こしている朔を見て少しだけ目を見開いた。ベッドの脇に彼の物と思われる荷物がある事から、手にしているお茶を買うべく外へ出ていたらしい。ペットボトルを手渡した後、彼は熱の有無を確かめるように自身と彼女の額に手を当てた。



「熱は下がったみたいだな。ちなみにお前は隊室で熱出して倒れてたから俺が運んだ」


「私は普通に寝たつもりだったんだけど…そう。熱があったのか」


「自覚無しか…とりあえず今日は安静してろ、とのことだ。

体調を崩す心当たりは?」


「……心当たりか」



ふたを開けたお茶をちびちびと飲みながら、朔は遠い目をする。心当たりとはいっても、思い当たる物がありすぎて何をどう説明すればいいのか分からないのだ。
そんな彼女を眺めていた奈良坂は小さく息をついて、何となく予想は付くがなと漏らした。驚いた顔をした朔を横目に、彼は片腕に掛けていた大きな紙袋を差し出す。促されるがままに中を覗いてみれば、そこには大量の菓子や飲み物、酒のつまみなどがぎゅうぎゅうに詰められていた。



「これは…?」


「詫びの品だそうだ。後は見舞いも兼ねてらしい」


「詫び?」



訝しむような表情の朔が奈良坂を見上げると、今度は大きく溜め息をついて彼は話し始めた。



「…大方、周りにせがまれて断りきれなくなったんだろう。隈も濃くなってる。真面目なお前のことだ、完璧にやらないと気が済まなかったんだろう」


「はあ…」


「お前を運ぶ際に色々と声を掛けられたぞ、"俺が原因か"みたいな事をな。そこから大体察した」



流石頭の回転が速いな、と感心しながら朔は気の抜けた声を漏らす。彼が立てた予想は何一つ間違っておらず、全てその通りであった。ふいに手の中の紙袋に目をやると奈良坂といえばこれ、という菓子が箱で入っているのに気が付く。それを取り出して端正な顔の前に差し出すと、彼は数度瞬きをしてその箱を受け取った。



「全くお前の予想通りだよ、奈良坂。運ぶ際は重かったろう?詫びだ」


「…いや、これはお前の」


「そう、私の物だ。だからどうしようと構わないだろう」



朔がそう言うと奈良坂はそれもそうだな、とさっそくその箱を開ける。簡易椅子に腰掛けていた彼だったが、何故か彼女のいるベッド横に体を落ち着けていた。

近くなった彼からじんわりと伝わる体温を感じながらぼうっとしていると、彼女の目の前についと指が差し出された。その人差し指と親指の間にはたけのこの形を模したチョコレート菓子が収まっている。訳が分からずそれをじっと眺めていると、閉じている唇にチョコの部分を押し当てられる。自身の体温によって触れた箇所から溶けていくその感覚を覚えながら、彼女は尚も口を開かなかった。



「いいのか」



何を尋ねているのか要領がつかめず、目だけで朔は問い返す。何がだ、と。そんな彼女の無言の質問には何一つ答えず、奈良坂は押し当てているその菓子を横に滑らせる。まるで口紅のように朔の唇を彩る茶色は、彼の瞳には何よりも艶やかに映った。



「―…食べるぞ」



チョコレート菓子の事だと思った朔は、何故わざわざ宣言するのだろうと内心疑問を浮かべる。しかしそんな思考も丸ごと喰らい尽かさんばかりに視界も唇も奪われては、いくら冷静な彼女とて動揺せざるを得なかった。


「ん、!?」



彼の好物であるはずのそれはいとも容易くその指を離れ、白いシーツの上に転がる。シミができてしまうと普通なら気にするのだろうが、今の朔にはそんな余裕は無い。思考どころか呼吸さえも奪うような激しい口付けに、彼女の意識は全て持って行かれてしまっていた。



「ふ、」


「は、ならさか…っ」



唇に乗せられていたチョコは、余すことなく奈良坂によって舐めとられている。それでも執拗にその輪郭を確かめるような動きでなぞられると、彼女は背筋を駆け上る快感に逆らえない。ゾクゾクとした何かが肌の上を這いずり回っている感覚は、こうした事に免疫のない少女には過ぎた毒である。いつもは運動後でも血の巡りの悪い頬や耳には、羞恥から来る熱さも加えて朱が差し込んでいた。



「…、朔」


「な…に、」



くったりと体から力が抜けた朔に覆い被さる奈良坂の頬には、彼のさらさらとした髪の毛がかかっている。それを耳に掛けるようにして朔が手を伸ばすと、奈良坂はその手を捕らえてそのまま自身の頬に当てさせた。



「―…あまり他の奴に目移りしてくれるなよ」



ビー玉のように透き通った瞳に見つめられると、朔は跳ねる心臓さえも相手に見透かされているような気になってしまう。濡れた唇をぐっと引き結ぶと、それを窘めるように親指がその上に添えられる。



「いつもテストの時は二人でやってたのにこうなるとはな。本当にお前は焦らすのがうまい」


「…ごめん」


「誠意が足りないな」



しれっと顔色を変えずにそうのたまう彼に、朔はぐっと眉間にしわを寄せた。怒っているわけではなく、奈良坂が催促している事に気が付いたが故の渋い表情である。その表情が恥ずかしさを隠すための癖であると誰よりもよく理解している彼は、小さく笑うと彼女の腕を自身の首の後ろに回させた。
暫く見つめ合っていると、観念したように目を閉じた朔が小さく震えながら顔を近づけてくる。いつも恥ずかしさに堪えきれず目を閉じてしまう彼女の全てを、奈良坂は一瞬も見逃さないようにじっと眺めた。


唇が触れ合った瞬間に目を恐る恐る開ける朔が、ずっと見られていた事に気が付いて顔を真っ赤に染める瞬間に彼はいつも思うのだ。


―好きだという感情に限りはないというのは、あながち嘘ではないのかもしれない、と。




































嫉妬はチョコレートと共に融解する




















* * * * * * * * * *



お久しぶり…?です!暫く更新できなくて申し訳ありません…!!おそらく下手したら3月まで受験が延びる可能性も御座いますので、この長期企画は四月以降に消化しきる事になるのではないかと思います、楽しみに待ってくださっている方申し訳ございません!!!!


ユノ様、如何でしたでしょうか?逆ハーとはむずかしゅうございますね…。お気に召さなければ代替作品を書きますので、その場合はお知らせ下さい。頑張ります。


テスト週間に黒板使って友達に授業開いてたのは私です。テスト対策用のプリント作ってたのも私です。結果体温35度代がせいぜいなのに37度代の熱を出したのも私です。だって人に教えるの楽しくてさあ……ねえ?






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