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二次創作/夢
広い世界の中で狭い幸せを知る(菊地原成り代わり/ルナ様)






―あ、まただ。


気怠げな雰囲気を持つ少女は、何かを確かめるように髪に隠れた両耳を手で覆った。その顔色はどこか青白ささえ感じさせる程悪く、彼女と親しい者なら必ず心配して早く帰れと促すだろう。しかし、少女はそれを望まなかった。彼女には、どうしてもやりたいことがあったのだ。せめてそれを完遂せねば、帰るに帰れない。

ごそ、とポケットを探ってマスクを取り出して顔半分を覆う。前髪が長い事もあって、これで少女の顔の露出部分は目元のみになった。



「菊地原?風邪引いたのか」


「…そんなとこ。行こう、歌川」



先を歩いていた歌川が自身を気遣って足を止めた傍を、ちらと横目で見ながら早足で通り過ぎる。彼女がいつも通りを心掛けた返答に苦笑いをした歌川は、大きめに足を踏み出してその小さな背を追った。























菊地原朔は聴覚強化のサイドエフェクトを持つ。

彼女が有するこの聴覚を武器とし、風間隊はランク戦を勝ち上がってきたと言っても過言ではないだろう。隠密機動といえば風間隊、風間隊の作戦中枢はといえば菊地原。A級昇格を目指す隊の中でこの決まり文句を知らない者は居なかったし、越える壁である彼らを尊敬の眼差しで見る者も少なくなかった。


しかし、それも彼女が風間に必要とされた後その力を生かすことが出来た故だ。名をあげるまで朔はそんなちゃちなサイドエフェクト、と馬鹿にされ続けたし、それを実際に噂しているのを耳にした事もあった。
また、彼女は色々と聞こえてしまう事に違和感と少しの恐怖を感じながら育ってきたが故に口調がきつい。それは一種の自己防衛手段であることは親しくなれば自ずと分かるのだが、遠巻きに見る人々はそのことに気がつかない。



時折彼女の耳に飛び込んでくる密かな声は、そのサイドエフェクトときつい言葉を吐く彼女への恐れを乗せていた。



(馬鹿みたいだなあ)


―私は関わりない人にそんな口きいたことないのに。


そんな事を重い頭でぼんやりと考えながら隊室の扉をくぐる。そこには既に三上と風間の二人が揃っており、歌川と菊地原の帰りを待っていたようだった。
中身を飲み終えたカップを静かに置いた風間は、入ってきた二人を見てから腰を上げて部屋奥に向かう。それに伴って三上も立ち上がり、彼の後に続いた。朔はちらりと時計を見てみたが、予定よりもまだ幾ばくか時はある。



「まだ早いですよね」


「お前たちが来たらすぐにやろうと思っていた。どうせなら新しいパターンを試してみてもいいだろう」


「じゃあ、今から訓練室に入りますか?」



歌川の問いに、風間は短くああと告げる。だるい体を騙し騙し此処まで来た朔は僅かに眉をひそめたが、トリオン体になるならまあ良いかとトリガーを起動した。歌川と風間も換装したのを見届けた三上は、ヘッドマイクをつけて隊専用の訓練室の扉を開ける。
中に足を踏み入れた朔は、キュッと顔を引き締めた。戦場に一歩でも入ったのなら、そこで自分は重要な役割を果たすことになると理解していたからだ。



「それじゃあ、バムスターとモールモッドを一体ずつ出しますね」



頭上から降り注ぐ声に小さくうなずきながら、彼女は垂らしていた髪を一つに結ぶ。少し離れた位置にいた歌川と風間が近くに降り立ったのを合図にして、朔は口を開いた。



「大丈夫です。いけます」

「…始めるか」


「「はい」」














普段あえて使わないようにしている箇所を集中的に使うのは、やはり疲れる。
ドサリと乱暴にソファへと身を投げ出した朔は、目をつむってゆっくりと呼吸をした。そんな彼女を気遣うように、風間、歌川、三上の順にその頭を軽く撫でる。うっすらと目を開けた朔は嫌がりもすり寄りもせず、ただその手を享受していた。



「今日は菊地原も疲れているようだし、これで上がるか」


「そうですね。私実は明日テストがあって…」


「そうなんですか?」


「うん、数学がね…」



頭上で交わされる会話を聞き流しながら、彼女は鼻下に下がっていたマスクを上げる。ふいに風間に目をやれば、その赤色と彼女の瞳がパチリと重なった。



「風邪か」


「、まあそんなとこです」


「薬は飲んだのか?前に頭痛がすると言っていた時と似たような顔をしているぞ」



やっぱり風間さんには通じないか、と朔は内心舌打ちをした。言わずとも察してくれるその勘の良さに普段は助けられるのだが、体調不良を隠しておきたい今としては厄介なものでしかない。しかも何処の具合が悪いのかを的確に指摘するものだから、なおたちが悪かった。彼女は人の声で悪酔いすると頭が痛くなる性質を持つのだ。



「さっさと家に帰って薬飲むから大丈夫です。無駄な心配はしなくていいですよ」


「無駄って…お前なあ」


「でも、本当に大丈夫?朔ちゃんは無理しがちな所があるから…」


「そうだな。何なら家まで送るぞ」


「確かにその方が良さそうですね」



心から心配してくれる人たちが居るのは、本当に心地が良いものだと思う。それでも、彼らに面と向かって感謝の意を伝えるなんて口下手な朔には鬼門にも等しかった。だからせめて、自分の作った物を…と考えていたのだが。

優しい仲間たちを騙すことになるのは心苦しいが、どうしてもついて来られる訳にはいかないのだ。荷物を纏めて席を立った朔は、出来る限り嫌そうな表情を作って言った。



「家までついて来るなんてストーカーですか?それに駅前で親と待ち合わせなんで来なくていいです。

お疲れさまでした」



彼女はぺこり、と申し訳程度に礼をして部屋を退出する。
ゆっくりとした行動を好む彼女にしては素早い動きに、風間ははてと首を傾げた。…何かがおかしい。というかあやしい。残された彼らは、何かを考えるような表情をして互いに顔を見合わせるのだった。


























「そう、そこに指をくぐらせて…結んで。ほら、出来上がりよ」


「…うわ、本当に出来ちゃったよ」



パチン、と完成品と毛糸玉を繋いでいた箇所を切れば、朔が思い描いていた通りのものがそこにはあった。

それは、風間隊の面々に日頃の感謝を伝えるために作ろうと思い立った、三つの色違いのマフラーである。面倒見のいい加古に相談を持ち掛けて良かった、と彼女はそれらを見つめて思った。本でやり方を見るだけではやはり分からないことは多いし、教えてくれる人がいれば編み目を間違えてもすぐに指摘してくれるので時間をかけずに済む。



「…ありがとう、ございます。ちゃんと出来てよかった」


「気にしなくていいのよ。私は風間さんの驚く顔が見られたら十分だし」


「でも、助かりました」


「それ、いつ渡すんですか」



横から朔の手元を覗いていた少女―黒江双葉が、若干名残惜しそうに言う。年下の女の子には滅法弱い朔は、可愛い後輩に対して強い口調で話すことはなかった。それ故か、今では隊室を訪れなくなることを惜しがられる程に懐かれたようである。そのことを嬉しくもむず痒くも思いながら、彼女は黒江の頭を優しく撫でた。



「来て良いなら、また来るけど」


「!じゃあ来てください」


「黒江がそう言うなら…」



唇をとがらせながら了承の意を返すと、後輩は少しだけ嬉しそうに体を揺らした。こういう反応をされるから、朔はこの子に強く言えないのだった。そんな二人を微笑ましそうに向かいから眺めていた加古が、ふと声を上げる。



「そういえば、朔ちゃんあまり体調良くないんでしょう?どうせなら少し寝ていったら?」


「え、いや、」


「それなら一緒に寝ましょう、先輩」


「あら、良いじゃない。一時間したら起こすわよ」


「……分かりましたよ」


黒江に腕を引かれるままについていき、壁横に設置されている仮眠スペースに横たわる。朔が壁に向かって寝転がると、壁と彼女の体の間に黒江が入り込んだ。それを確認した加古は、二人の上に大きめのブランケットを被せる。

おやすみなさい、と二人分の囁きを耳にした朔は、頭を撫でられながらうとうとと瞼を下ろした。

























「あら、いらっしゃい風間さん」


「…菊地原は」


「うちの双葉と一緒にお昼寝中よ。静かにね」



加古と朔が共に居たという噂を聞きつけた風間は、加古隊の隊室を訪れていた。迎え入れた加古に彼女の所在を聞いてみれば、中で眠っているという。様子がおかしかった事を不思議に思って探してはみたが、やはり帰っていなかったかと彼はため息をついた。



「体調が悪くてどうして加古の所に…」


「知りたい?完成した今となってはもう言っても良いみたいだし」


「完成?」



彼が漏らした疑問の声ににこりと微笑んだ加古は、腰を上げて机横の紙袋に手を伸ばした。それを掴んで風間にスッと差し出して中を見るように促す。なんだこれは、と尋ねても返事は期待できなさそうだと思ったのか、風間は素直にその中身を取り出した。



「…マフラー?」


「そう。私の所に作り方を教えて欲しいって来たのよ」



見るからに暖かそうなそれはアーガイル模様に編み込みがしてあり、見事な出来映えだ。紺、灰色、赤の色違いの三つのマフラーを手に取ってまじまじと眺める。そこで端の方にあるイニシャルに気がついた風間は目を見開いた。



「ふふ、可愛いわよねえ。素直な気持ちを伝えられないからって、せっせとこんな物作っちゃうなんて」


「これは、俺たちに作った物なのか」


「そうよ?いつも憎まれ口叩いちゃうけど、本当はあなた達にすごく感謝してるんだってことを伝えたかったみたい。

今日だって体調悪いのに早く完成させたいからって頑張ってたのよ。今じゃぐっすりだけどね」



驚いた風間の顔を見ておかしそうに笑いながら、加古は朔の心中を打ち明けていく。



「今でも心ない言葉を耳にするみたいで、頭が痛くなるんですって。でもそれも大したことないって言えるようになったのはあなた達のおかげだって言ってたわよ」


「…そうか」



彼は赤い瞳を細め、膝上に置いたマフラーを優しい手つきで撫でる。それを見た加古は、それらが入っていた紙袋を差し出しながら笑った。



「大事にして下さいね。
私にとっても可愛い後輩なんだからうかうかしてたら貰っちゃうわよ、風間さん?双葉も懐いてるみたいだし」



部屋奥にある寝台で静かに寝息をたてる二人をちらと見てから、風間は踵を返す。心地良さそうに寝ている所を起こすのは少々気が引けるようだった。



「…悪いが、この先も手放す予定はないな。マフラーは貰っておく。

加古、朔を頼むぞ」


「はいはい、分かりました」



扉をくぐっていく背中を見送ってから、加古は仮眠スペースに近づく。二人は依然として深い眠りに落ちているらしく、抱き合うような形で穏やかに呼吸を繰り返していた。明るめの髪を撫でて、去り際の風間のことを思い返す。



「…愛されてるわねえ」



あの時、その鋭い目には「誰にも渡さない」という意志が強く滲み出ていた。


(双葉には悪いけど、あんな顔されたら無理ね)


マフラーがいつの間にか隊の皆の手に渡っていることも、隊長の独占欲じみた言葉も知らないまま、彼女は眠る。次の日に三人から熱い抱擁を受けることも、彼女に知る術は無いのだった。
























広い世界の中で狭い幸せを知る












* * * * * * * * * *

菊地原成り代わりのリクエスト、ありがとうございましたー!ルナ様、いかがでしたでしょうか?細かい指定が無かったので結構好き勝手やってしまったのは自覚してます…(笑)


こういう憎まれ口叩く子は知り合いにいるかな〜って考えてみたら、当てはまるのは自分くらいしか居ないことに気がついた。自分って…




<嵐山隊の広報日記>


皆さんこんにちは!隊長の嵐山だぞ!

今日は風間隊の皆を突撃してみたんだが、これを見てくれ!!
【写真】
皆同じ柄のマフラーをしているんだ!すごく仲がいいな!!聞いてみたところ、なんと菊地原の手作りなんだそうだ。まさか手作りとは思わなかったし、まるで売り物みたいだな。ちゃんとイニシャルも入ってるんだぞ!
【写真】
紺は風間さん、灰色は歌川くん、赤は三上だな。ちなみに菊地原のマフラーは元々作る気は無かったらしいんだが…三人に促されて作ったらしいぞ。イニシャルは三人が協力して入れたそうだ!愛されてるな、菊地原!!



〈メッセージ〉


歌川:うちの菊地原、

三上:天使です。

風間:ああ、菊地原は可愛いぞ

出水:菊地原狂のお出ましだww

米屋:皆の者ひれ伏せえいwwwww

佐鳥:!?風間隊ってこんなだったっけ!?

太刀川:風間さんとか酒飲むと隊員自慢始まるぞ。三時間は軽い

半崎:まじか

当真:流石っすわw

太刀川:だろ?やばいよな〜

忍田:こら慶、メッセージを送ってる暇があるなら早く課題をやりなさい

米屋:↑おっと

出水:↑これは

佐鳥:↑保護者様のお出ましだーー

太刀川:スミマセン





(以下メッセージではなく雑談続く)





菊地原:…ちょっと、何勝手に乗せてるんですか嵐山さん

米屋:本

出水:人

佐鳥:登

忍田:場

司令:私も手袋を貰った

半崎:えっ

当真:えっ

佐鳥:えっ

米屋:ツッコミが追いつかないwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

出水:バッカお前失礼だろwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwヒィwwwwwwwww



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