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二次創作/夢
夜の帳が隠す言葉(沢村成り代わり/アユミ様)




「さっわむらさーん!」


「きゃああ!?やっ、何!」



後ろからのびてきた二つの手にがっちりと体を拘束された朔は、思わず手にしていた資料を床にぶちまけそうになった。
キッと相手を睨みつけるが、その顔は驚きと羞恥で赤く染まっているためか大して怖くはない。寧ろ可愛いとさえ思ったのか、襲撃犯―太刀川慶は頭をぐりぐりとその肩口に押し付けて腕の力を強めた。



「もうっ慶くん!?突然抱きつかないでちょうだい!」


「は〜沢村さんまじ癒されるわー…」


「何に疲れてるのよ…」


「レポート」


「それは自業自得でしょ!」



叱るような物言いながら、自身の腹に回った腕を叩く手は宥めるようにやさしい。甘えてくる相手に強くは出られないのが、沢村朔という人物だ。太刀川も分かっていて行動に移すのだが、彼女は残念ながらそのことを自覚していない。こういう訳で、朔は知らない間に太刀川の唯一の癒やしとなっているのだった。



「なー沢村さんてさ、確か俺と専攻一緒だったよな?」


「うん、確かそうだけど…?」


「お願い!俺の家庭教師になって!!」


「えっ?」


「風間さんにも見放された!もうやばい、単位落とす…!!」


「ええっ!?」



体を離されたかと思えば、今度は前から肩を掴んでズイと迫られる。情けなく歪められた顔を前に、朔は驚きの声を上げた。



「そ、それ本部長には…?」


「……言えると思う…?」


「…そうね」


「お願い沢村さん!俺沢村さんなら頑張れるから…!!」



ここまで必死に頼まれては、お人好しの彼女に断るという選択肢は無かった。それに、太刀川が単位を落として忍田が説教の為に仕事を抜けるのも困るのだ。
眉を下げて、一つため息をつく。不安そうに見つめてくる後輩に笑い返しながら、朔は口を開いた。



「…ちゃんとしっかり取り組むのよ?」



そして、朔の家庭教師生活が幕を開けたのである。


























―忍田真史は、非常に焦っていた。

ノーマルトリガー最強とまで言わしめる男を焦らせていたのは、一人の彼の部下である。それは沢村朔という女性であり、彼の補佐官を務めている優秀な人物だ。気遣いも仕事手腕も申し分なく、容姿も偏差値の高いボーダー内でも見劣りしない。本人は気がついていないが、経営陣のみならず戦闘員からも人気は高いのだ。鈍い彼女に近付く輩を排除するのが彼の日課だった…のだが。

(ここ最近、沢村くんに避けられているような気がする…)

表に出さずに落ち込む様は、周りから見れば何かを考えているようにしか見えない。そんな忍田を見た職員は、それを気遣って物音を立てないように書類を机上に残して立ち去った。
体に刷り込まれた感覚は物思いに耽っていても変わらない。提出された書類を丁寧かつ素早く確認しながら、彼は万年筆でサインを書き込んだ。その間も、脳内は意中の人でいっぱいである。

(前までは飲みに誘えば必ず一つ返事だったし、定時きっかりに帰ることも無かったんだが…)

それだけならまだいいのだが。
彼にとって青天の霹靂とでも言うべきか、最近彼女が足繁く通っているのが己の弟子の元だという噂があるのだ。全くもって警戒していなかった所から獲物をかっさらわれた気分である。

ぐにゃ、とサインの文字が歪んだ。それに少々顔を歪めながら、忍田は軽くため息をついて背もたれに身を預ける。

年甲斐もなく嫉妬に駆られるとは、彼自身思ってもみない事だった。側で支える、と言ってくれた彼女を意識し始めてからどれほど経つだろうか。
彼は相手の眼差しに乗っているのが尊敬と信頼だと理解していたため、彼女はある意味不可侵の領域だと思っていた。それでも時折見せる穏やかな微笑みを手に入れたくて、少しずつ少しずつ距離を縮めていったのだ。ここで横から奪われるなんて、どんな冗談よりもたちが悪い。

眉間を解すように指で押した後、おもむろに腰を上げる。やられっぱなしは性に合わないのだ。彼女が自分を避ける意味と噂の真偽を確かめて、その結果何が真実として現れても。


―彼のやることは決まっていた。


























「…だから、ここはこうなるの。わかった?」


「やべえ沢村さんめちゃくちゃ分かりやすい」


「そう?それなら良かったわ」



感動の眼差しを受けた朔は、安心したように微笑んだ。
一区切りついたところで休憩にしようと、手元のカップを引き寄せる。が、その中身がとうに空であった事に今更ながら気がついた彼女は、再びオーダーをしようと顔を上げた。すると、カウンター越しに初老のオーナーと目が合う。彼はにこりと微笑みながらコーヒーの入ったポットを持ち上げた。



「おかわりですかな」


「ええ、お願いします。慶くんは?どうする?」


「じゃあ俺もー」



ここ最近長いことカフェに留まっているにも関わらず、店の主人たる彼はにこやかにポットを傾けてコーヒーを注いでいる。申し訳無く思いながらも、朔は何故か実家に帰ったような安心感を覚えていた。この喫茶店に訪れる客は店内で長いこと過ごす者が多い。穏やかな空気を纏うオーナーがそうさせているのだろうな、と彼女はカップを受け取りながら思った。
かといって、連日カウンターを長時間占拠するのもやはり申し訳ないものがある。せめて晩御飯でも食べて売り上げに貢献しようと、彼女はメニューを開いた。

とその時、朔のスマートホンが着信を知らせて振動する。



「…?」



画面には、忍田の名が表示されていた。




























「沢村くん、こっちだ」


「!
本部長、お待たせしました」


もう今ではすっかり履き慣れたヒールを鳴らしながら、車に身を預けていたその人物に駆け寄る。
話がしたい、とだけ書かれたメールを受け取ってから約30分後、朔は晩御飯を食べることなく喫茶店を後にしていた。待ち合わせ指定された場所が運良く喫茶店から近かったので、慌てて身なりを整えて飛び出してきたのである。
メールの内容に何か粗相をしただろうか、と内心冷や汗をかいた朔だったが、太刀川には何故か含み笑いをしながら見送られた。それに疑問を覚えないでも無かったが、忍田と顔を合わせた今でもその考えは拭えず、一種の気まずさを覚えながら彼女は相手を伺う。

すると、忍田はやさしく微笑んでこう言った。


「前にも言っただろう。もうここはボーダー内ではないのだから気軽に呼びなさい、と」



どうやら怒られる訳ではなさそうだ、と理解した朔は安堵のため息をつきながら返事をした。



「はい、忍田さん。

ところで話とは何でしょうか?」


「ああ、その事なんだが…」


用件を尋ねてみると、忍田は車の運転席側から助手席側に回って扉を開ける。意図が分からずに黙ったままで見つめれば、彼は恭しく頭を下げた。



「どうぞ、お嬢さん。今夜は私にエスコートさせてほしい」


「…えっ!?」


「慶から連絡がきたんだが、君はまだ食事を済ませていないんだろう?なら共にどうかと思ってな」


「そ、そういう事でしたら…。
でも、突然そんなことするのはやめてください!驚いたじゃないですか」


「はは、私の演技力も捨てたものではないという事かな。

さ、乗ってくれ」


「…ありがとうございます」



結局問い掛けの内容ははぐらかされてしまったな、と思いながら、朔は助手席に乗り込む。そして、ハンドルを握って運転し始めた忍田の顔を横目にちらと見た。街中のネオンに照らされて、その精悍な顔立ちが暗い車内で浮かび上がっている。

そこに己の知らない男の姿を見た気がして、彼女はたまらず顔を背けた。

体に振動が伝わる。
賑やかな歓楽街を突っ切って、二人の密会の場へと車は進んでいった。
































カチャ、と食器とフォークが擦れて音を立てる。
僅かな光で照らされている室内は薄暗い。流れている音楽は大きすぎず小さすぎず、絶妙な音量で場の雰囲気を助長させていた。

居酒屋にいる時は語らいが目的でもあるので食事しながら話し続けるが、こういった格式張った所の場合は食事中に会話は無い。席に着いてからメインのコースを食べ終えるまで、二人とも特に口を開くことはなかった。



「…悪いな、突然呼び出して」


「いえ…後は食事だけだったので、気になさらないで下さい。用事も済んでましたし」


「用事…か。
その内容は私が聞いても差し支えないものかな」



思いがけず喫茶店での件を掘りさげられて、朔はしくじったなと思った。太刀川を庇い立てする理由こそ希薄だが、彼は自分を最後の頼みにしてきたのだ。彼女は何としても忍田に知られる訳にはいかないと意気込み、グラスに注がれた炭酸水を煽った。



「慶くんとお茶をしてただけですよ。居心地の良い喫茶店で、思わず話も弾んじゃったんです」



はぐらかしたい時には、本当の事を半分くらい織り交ぜるとうまくいく。そんな事を誰かが言っていたような、と頭の片隅で考えながら、忍田の言葉を待つ。
てっきり話の内容について聞かれるだろうと朔は思っていたのだが、彼はその予想の斜め上を突く発言をした。



「最近、君と慶が付き合ってるという噂があるんだ」


「…え」



ここで、サッと朔の頭に「本部長補佐が年下に手を出す!?」と新聞風の文字がよぎる。

(まさか呼び出した用件ってこれ…?)

愛弟子に手を出したとなれば、忍田が怒るのも無理はない。彼が手塩にかけて育てた弟子は、今やA級一位部隊の隊長である。手の掛かる男とはいえ、彼が可愛がらないはずはなかった。
ここで自分が怒られると考えるのが、何とも朔らしい鈍さである。



「いえっあの!私は決して慶くんに手を出してなどいませんので…!!」


「そ、そうか?なら良いんだ」



強く否定をする朔に驚きながらも、忍田は表情をゆるめた。良かった誤解は解けた…と彼女自身も安堵の表情を浮かべる。
しかし、話の本題は終わったと思っていた彼女は、続く彼の言葉に半ば呆けることとなるのだった。



「…もう一つ聞きたいんだが、」


「、はい?」


「最近私を避けていないか?」


「?

……!?」



誰がそんな恐ろしいことを、と思ったが、彼女は開きかけた口を一旦閉じた。

考えてみれば、確かに最近忍田とは仕事時間しか共にいない。それが普通の上司部下の関係なのだが、ボーダーはその秘匿性故か職員同士のプライベートでの関わりも深い。同じ部署どころかエンジニアと戦闘員が入り混じって飲みに行くことも少なくなかった。
そこで近頃の自分を思い返してみれば、定時に上がるわ飲みの誘いは断るわで、確かに避けていると取られても仕方ないではないか。浮いた時間を太刀川の勉強に当てているとはいえ、それを知る由もない忍田からしてみれば、部下が突然素っ気なくなったようにしか思えないのだ。

それを理解した瞬間、朔は申し訳なさと一つの疑念を抱いた。

(わざわざ気にして下さるなんて…。いやでも、今回の話って主題は慶くんの事だよね…?)

とりあえずはその勘違いを正すため、彼女は苦笑いしながら訂正した。



「すみません、確かに最近付き合いが悪かったですね…。でもちょっと用事があっただけで、避けてる訳では無いですよ」


「…そうか。
その用事が慶と関係あるのか」


「っ!?」



一言もそんな事は口にしていないのに、返された言葉は確信を持っていた。驚きを隠せない朔の表情を見た忍田は、やはりな、と小さく呟く。



「実は、噂はもう少し詳しいんだ。
喫茶店やファミレスといった場所で終業後の時間帯に慶と二人でいる所を見かけた…とかいう話なんだが」


「…」


「一度や二度ではなく、だ」


「……」



最早逃げ場がない。

そう悟りながらも口を閉ざす朔に、忍田はにっこりと微笑んだ。



「詳しく話してくれるか、沢村くん」


「………はい」



―ごめん慶くん、私にはもう君を庇いきれないよ…。

言外の圧力に堪えかねて朔が全てを白状したのは、彼等が会話を始めて僅か20分後の事だった。





























慶の家庭教師代だ、と言って聞かない忍田にディナーの料金を全て払われた後、朔は外に出て少し伸びをする。背後から歩み寄ってくる足音に、彼女は振り返った。



「本当に済まなかったな、慶が。私からちゃんと言って聞かせる事にするよ」


「…あまり叱らないであげてくださいね。
忍田さんに話が行く前に何とかしようとしたんですから…単位ももう大丈夫みたいですし」


「普段から周りに迷惑を掛けているんだ。今回は沢村くんにまで飛び火したんだからそういう訳にも行かないな」



駐車場までの道のりを二人並んで歩きながら会話する。目的地は建物から少し離れた位置にあり、暗い夜道を街灯がほのかに照らしていた。
思えば、プライベートで二人が共にいるのは久々の事である。長いこと仕事場で顔を合わせているのもあり、忍田とは気張らなくていい間柄だ。こんな心地いいなら、少しくらい家庭教師お休みして食事に行っても良かったかな…と朔はふと考えた。頭一つ分上にある顔を見上げてみると、ふいに忍田と目が合う。



「忍田さんは、本当に慶くんを気にかけてますね。手が掛かるほど可愛いものですか?」


「…ああ、そうだな」



黒っぽい車体が見える。行きの時も乗ったそれは忍田の物と朔の頭の中で認識されており、自然と足はその車へと向かった。車の横まで来て、彼女は上司の様子がおかしいことに気がつく。先ほどの返事も歯切れが悪かった事に思い至った朔は、窺うようにその顔を覗き込んだ。



「…私が慶の為だけに君を呼び出したと思うか」


「忍田さ、!」



背中に当たる固い感触、前にはそれの持ち主。纏う雰囲気が戦闘中に放つ鋭さとどこか似ていて、朔はぶるりと体を震わせた。獰猛な肉食獣が狙いを定めて、折り曲げた前脚に力を溜めているような…。

どうしてそれを向けているのが自分なんだろう。そう感じていながら、拘束されてもいないのに逃げ出せないのは何故だろう。

そんな事をぼんやりと考えながら、朔は再度彼に向かって呼び掛けた。



「…忍田さん?」



まるでそれが合図のように、名を呼ばれたその人の目の色が変わる。ぐっと顔と顔の距離が縮まり、鼻先が触れ合うくらいに近い位置で彼らは眼差しを交わした。



「―分からないのか、何故私が君を助手席に乗せるのかを」



忍田が話す度、唇に吐息がかかる。
彼の視線が、触れた鼻先が、紡ぐ言葉が、全てが熱く感じる。

目を閉じることすら叶わず、朔は彼の唇が次の言葉を紡ぐまでその鋭い光に貫かれ続けた。



「私は…」
























夜の帳が隠す言葉














* * * * * * * * * *




沢村さん成り代わりでしたー!このサイトは忍田さん人気なんですかね…?
アユミ様、リクエストありがとうございました!太刀川夢…とか思ったかもしれませんがその点はご容赦ください(笑)

書いてる内に楽しくなってきちゃってどんどん文字数が増えていく不思議…何故なら書き始めは何も先を決めずにやっているからです。いい加減にもほどがある。申し訳ありませんでしたでも楽しい。

愉悦…



ちなみにこの話は深読みすればまた違った一面が見られると思います。「慶から連絡を」の部分を特によく考えてみて下さいね(笑)

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