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二次創作/夢
恋嫌いな彼女の最期の晩餐(根付成り代わり続き/リオン様)




嵐山の広報の仕事に付き合って撮影スタジオまで出向いていた朔は、出口へ向かうために彼と共にエレベーターに乗っていた。



「嵐山君はこの後どうするの、本部に戻る?」


「そうですね!隊での会議もやりたいので、とりあえず本部に戻ろうかと思います」


「そう…私はどうしようかしら。今日片付ける筈の物は昨日全部終わらせてしまったし……」


「じゃあ食堂なんてどうです?お昼もまだですし…それにメニューに新作が加わったらしいですよ!」


「あらそうなの?」



普段は与えられた部屋から余り出ず、買ってきた物や自ら作った弁当で昼を済ませている彼女は目をぱちくりとさせた。食堂に足を運ぶ機会が全くない訳ではないが、騒がしい場所で食事する事を好まない彼女がそこに訪れた回数は片手で足りるほど少ない。ただ冷たい食事ばかりで多少飽きていたのも確かだし、食堂に行けば間違い無く暖かいものを食べられるのだ。
たまには良いかもしれないと考えた朔は、素直に嵐山の提案に乗って共に本部に向かうことにした。


「それじゃあ、嵐山君オススメのメニューでもいただこうかしら」


「たまに限定で出る海鮮メニューなんか良いと思いますよ!」


「ふふ、海鮮もの好きだものね。でも限定なのに残ってると思う?」


「…!
じゃあ早く行きましょう!!」


「待って嵐山君、まだ一階じゃないから降りちゃ駄目よ!」






































訓練の合間に昼食を取ろうと思った者が多いのか、食堂は昼時ならではの賑わいを見せている。そこに久々に足を踏み入れた朔は、財布を片手に所在なさげにあたりをぐるりと見回す。その傍らに嵐山の姿は無く、慣れない場所に一人で佇む彼女は少々の不安を表情に乗せていた。


(もう…迅君たら何であのタイミングで嵐山君を連れて行っちゃうのかしら)


共に食事をするはずだった嵐山は、本部に入ってすぐ待ち伏せていたかのように現れた迅にずるずると引き摺られていってしまったのだ。嵐山も困惑した顔で迅と共に姿を消したので、彼自身何故連れて行かれるのかを理解していなかったのだろう。とりあえずカウンターに向かった朔は、全く…とでも言うかのように小さく溜め息をついた。



「あれっ根付さん!珍しいですね、此処にいるのは…嵐山君の取材終わったんですか?」


「あら、お疲れ様。取材は終わったのだけれど、彼が突然姿を消して困っていた所よ」


「…注文の仕方分かります?」


「……頼んでも良いかしら」



任されましたと朗らかに笑った彼は朔の下で働く広報の職員である。ボーダーでの職歴は長く年も近い事から、彼女が気兼ねなく接する事の出来る頼れる部下だった。
メニューを示されてその文面を眺めていると、嵐山が勧めていた海鮮メニューの見出しが目に入る。それを指して見せると、彼は心得たようにカウンターで二人分の注文を済ませて帰ってきた。お膳は運ぶと言われた朔は、ではお冷やでも用意するかとグラスを手に取る。



「ついでに席は取っておくわね。お金は後ででも?」


「お願いします。お金は…そうですね、腰を落ち着けてからにしましょう」



グラスに水を満たしてから見回すと、柱近くの席が比較的空いているようだと分かる。そこの席に座って部下が来るのを待つ事にした。何もせずにいるのも暇なので、パンツのポケットに仕舞っていたスマホで嵐山隊のスケジュールと広報の仕事予定を照らし合わせる。前に嵐山隊の防衛任務とテレビ撮影が被っていることに気が付いた時には、広報部が慌ただしくなったものだ。そんな事を思い返しながらカレンダーをスクロールして見ていると、自分の名を呼ばれた気がした彼女は視線を前方にやった。



「こんにちは、根付さん」


「前失礼しますね」


「唐沢君、忍田君…別にかまわないけれど、」



連れが居るのよと朔が言い切るより前に、新たな人物が姿を現してその言葉を遮る。



「おー空いてる席あるじゃん、お邪魔しますよっと」


「冬島さん、了承を取ってからにして下さい」


「冬島君に東君も食堂使う人だったのね…」



あっという間に朔の前と左横の席を埋めた彼らは、揃いも揃って上層部のメンバーとそれに近しい者ばかりだ。これから来る筈の部下は決して肝が小さいとは言わないが、かなり驚くだろうと予想して彼女は苦笑いをした。



「私は本当に久々に来たのだけれど、あなた達はよく此処を使うの?」


「私も久しぶりですね」


「自分もですよ、そもそも本部に私は余り居ないのでね」



忍田と唐沢はお先に、と膳に箸をつけながらそう返す。二人が選んだメニューは似たり寄ったりで、メインのおかずが違うだけで後の小鉢等の中身は同じだ。お新香が美味しそうと思いつつ横を見れば、冬島が頬を膨らませてご飯を口に含んでいる。喉に詰まらせる結末が見えた朔は、静かにそばにあったピッチャーを彼の近くに置いた。



「俺はよく使いますよ、後輩と。後は今みたいに会議後とか」


「もごご…もご」


「そうなのね。冬島君は頑張って飲み込んでちょうだいな」



冬島は研究に没頭すると寝ず食わずで籠もる事がたまにあるので、今回もそれなのだろうと朔はあたりをつける。東と共に来たことから彼も会議に参加していたはずだが、それ故余計に空腹だったのだろう。もはや彼の膳の中身は半分も残されていなかった。

気持ちいいくらいの食べっぷりに、彼女もそろそろおなかが空いたなとカウンターの方へ顔を向ける。すると、自分を探してきょろきょろと辺りを見回している部下の姿を発見した。見つけやすいようにと手を振ると、彼は朔に気が付いて此方に向かってくる。その足が躊躇するように踏鞴を踏んだのを見逃さなかった彼女は、予想通りだわと密かに笑いをかみ殺した。



「すみません、お待たせしましたね」


「良いのよ。持ってきてくれてありがとう、慣れてないから助かったわ」


「しかし…すごい方々が集まったものですね」


「あら、私には皆可愛い後輩よ?」


「そうでした、あなたが一番すごい人でした」



朔の右隣に腰掛けた部下は、持って来た膳を上司と自分の前に静かに置く。箸が立てられている容器から二人分抜き取った彼は、朔が差し出すお手拭きを受け取りながら箸を渡した。また、彼女の視線の先にあったお新香をさりげなくお裾分けする。自然に交わされたその行動の合間、二人に会話は無かった。

妙に静かなことに気が付いた彼らは顔を上げる。すると、前に横に座る錚々たる面々の視線を集めていた事に、そこで初めて気が付くのだった。



「…どうかしたのかしら?」


「いえ、大層仲がよろしいんですね」



にこやかに微笑む唐沢からすい、と目をそらした朔は部下から貰ったお新香を口に含む。そうでもなければ、笑顔の割に鋭さを纏う視線に貫かれてしまうと思ったのだ。



「私の部下よ。
彼は…そうね、一番付き合いが長いかしら」


「そうですねえ。余りに長すぎて寝落ちする姿すら見るくらいですし、ね」


「ほう…」


「…」


「もご、」


「へえ、そうなんですか」



空気がずん、と重くなった気がして朔は思わず首をすくめた。
唐沢が己に好意を抱いている事、そして彼曰く他にも同じ思いの者(今周りを囲んでいる面々)が居る事…それを堂々と彼自身に宣言された身としては、正直逃げ出したい気持ちで一杯である。部下の真意は掴めないが、彼らを挑発してまずい方向に持って行くのはやめてほしいと思う朔だった。



「もう、そんな恥ずかしいこと言わないでちょうだい」


「はは。すみません、メディア対策室長殿?」


「こら!もう珈琲入れてあげないわよ!!」



頼れる部下だが、こういう所で茶目っ気を出すのはいただけない。お願いだから何もしてくれるな、という意を持ってそう言うと、忍田が片眉をあげて反応した。



「…根付さん自ら珈琲を入れるんですか?」


「はい、もう一度飲んでからは病みつきですよ。豆から挽いて下さるので」


「ほう…」


「…」


「ふーん」


「へえ、そうなんですか」



海鮮丼が美味しい。

そう思いながら、彼女はどうやってこの場を収めようか頭を悩ませていた。
いかんせん場の空気が悪すぎる。座っている面子が面子なのに加えてこんな重苦しい雰囲気を漂わせていれば、当然周りに影響が及ぶ。その証拠に、唐沢や忍田の後ろに座っていたC級隊員達がそそくさとその場を後にしていた。



「お二人はプライベートでも仲がよろしいんですか?」


「え?プライベートですか?」



東君、君何を質問してるの。内心頭を抱えた朔は、最後の望みと言わんばかりに部下を横目で見つめた。頼むから煽るような事はこれ以上言ってくれるな…との思いを込めて。
上司と同じメニューに舌鼓みを打っていた彼は、もごもごと刺身を咀嚼してからうーんと首を傾げる。そして何かに気が付いたような顔をした後、今日一番の笑顔で口を開いた。



「そういえば前に遊園地行きましたね、駅近くの。実地調査でしたっけ?」


「…(わざとなのかしら)」



なるべく見ないようにしてはいるものの、唐沢を筆頭とした視線が抉るように肌に刺さっている。今までもどうにかこうにかアプローチをかわしてきていたのに、この分では更に酷く迫られる事になりそう…と彼女は遠い目をした。もう二度と恋愛はしたくないのにこのお馬鹿。心の中でそう悪態を吐いたのは部下に対してか、ともすれば流されてしまうかもしれない己に対してか。何にせよ、どうやら彼女に退路は無いようである。

場を静かで重い空気が包んでいる。わずかな沈黙の後、全ての器を空にしていた冬島は東の膳にあるお新香を摘みながら彼女の部下に目をやった。



「その実地調査とやらは二人で行ったのか?」


「はい、そうですね。男女両方の目から見た意見が欲しいとのことだったので」


「ほう…」


「…」


「ふーん」


「へえ、そうなんですか」



もはや年を気にせずタメ口の冬島を注意する気にもなれない。彼女はとうとう泣き出したくなってしまった。己の部下が何かを言う度空気は重くなる上、それに対する彼らの反応が全て同じである事が更に恐怖を煽るのだ。先ほどのC級隊員のようにさっさと立ち退きたい気分に駆られて仕様がなかった。不意に横からガタリと椅子を引く音がする。見上げれば、器を空にした部下が荷物を手にしているではないか。



「そろそろ自分はお暇します。自慢もできましたし、いい加減足が痛いので」


「足?」



下に目を向けると、部下の左足だけ少し汚れているように見える。誰かに蹴られたのか、スーツの裾には足跡らしきものが残っていた。



「じゃあ根付さん、また後で」


「えっ、あ、私も」



スタスタと先へ行ってしまった部下を呆然と眺めていたが、此処に残っては危険だと思った朔も慌てて腰を上げようとする。しかし、持ち上げようとしたお盆は方々から伸びてきた手に抑えられ、更に肩と腕をはっしと掴まれてしまった。



「まだ半分以上残ってますよ」


「聞きたいこともありますし、色々と」


「ま、ゆっくりしてけや」


「とりあえず座りましょう」



口元は弧を描いているのに、目が全く笑っていない。皆が皆そんな顔を己に向けているという事実に、彼女は絶望した。背中に冷たい汗が伝う中、言われるがままに浮いた腰をゆっくりと下ろす。部下の足取りがらしくなく性急だった事を思い返しながら、彼女は再び箸を手に取るのだった。




































彼ら四人はそれぞれ思うことがありながら、内心舌打ちしていた点では皆同じであった。

―厄介な敵が居たものだ。

言葉は違えど、こう考えていたことはまず間違いない。でなければ、わざわざ忌々しい恋敵と協調して彼女の部下を追い払うはずがないのだ。
あの部下が朔に対して懸想しているのは確実だ、と彼らはその姿を見た瞬間感じ取っていた。何故なら、彼女へと向ける眼差しが明らかに熱の籠もったそれだったからである。また、彼女の周りに座る彼らに自然を装って親しさを見せつけていた事からして、これは決定事項なのだ。


今目の前で居心地悪そうに箸を進める朔を激情を以てしてなぶるように眺める彼らは、さながら獰猛な獣だ。喉を鳴らし、舌なめずりをして、片時も放すまいと目をぎらつかせ、隙あらば喰らいつこうと前脚に力を溜めている肉食獣だ。
唐沢が口火を切ったあの日から、彼等の遠慮無い猛攻は始まりを告げた。獲物である彼女は迷惑そうな顔で何とかあしらおうとしているが、そのくせ押しに弱い所がある。本当に嫌なら、引き留められても振り払ってしまえばよかったのに。獣は歯を覗かせながらニイと口を歪める。
彼女はあの男に何の想いも抱いてはいない。あるのは信頼と親愛だけだと、この場に留まった彼女自身が証明していた。その事実に気が付いた獣は、更に笑みを深める。


最初こそ苛立ちに身を任せたものの、敵になり得ないのなら気にとめる必要すら無い。これ幸いと目を細めた彼らは、物を飲み込む度に動く白く艶めかしい喉元をうっとりと眺めた。



「…そんなに見られては食べにくいわ」


「ああ、気になさらないで下さい」


「我々は食べ終えたので、貴女を待っているだけですから」



普通なら好印象を抱く笑みも、状況によっては恐怖を抱かせる物に豹変する。また、にこやかに放った忍田や東の言葉は朔を更に不安にさせた。この中では陽気な方に入る冬島が静かに見つめてくることも、彼女の気力を削ぐには十分であった。


(…待ってちょうだい、何故私を待つの?まさかこの後も……)


―食べ終えたくない。この小鉢に残るお新香を食べきってしまえば、確実にまずいことになる。

朔は、怯えていた。
それは彼らにではない。自分が守ってきた今までが、つまりは自分自身が変わってしまうとここに来て彼女は確信した故だった。もはや逃げることは出来ない。彼女に示されたのは、四つの選択肢である。根付朔を食べる権利を誰に与えるか、という身投げに等しいライフカードだ。





箸を持つ手が震える。
口に含んだのは小鉢に残された最後の一口だった。



「…じゃあ、行きましょうか」



そう言う唐沢に、彼女は何処へ?と聞くことすら出来ない。此処で発言する権利は与えられていないのだ。彼女が再び口を開くことが出来るのは、生殺与奪の権利を手にする男の名を紡ぐ時だけである。


その時獲物は何をするでもなく、ただただ頭から丸呑みされるのを待つだけなのだと、彼女は初めて理解するのだった。










































「なあ迅、俺はどうして根付さんと一緒に居てはいけないんだ?」


「…なんだ、嵐山分かってるじゃん」



ずるずると友人に引き摺られていた彼は、体勢を立て直しながらそう問うた。問われた方は分かり切ったことを聞くなよといった顔をして、そのまんまだよと答える。



「俺だって確信がある訳じゃないんだ、何が見えたのかくらい教えてくれても良いだろ?」


「えー……其処まで分かってんなら良くない?」


「良くないな!」



朗らかにすっぱりと言い切った友人をちらと見て、迅ははいはいと溜め息をついた。



「とは言っても、俺自身全部分かってる訳じゃないんだよ。大体結末は同じになるのにその過程が二通りあるってだけで」


「俺が居るか居ないかという二通りということか?」


「そうそう。」



「俺が居たら?」


「お前ヤバいよ、ほんと文字通り袋叩きって感じ」


「それは…ヤバいな!」


「だからこうして連れ出したんじゃん。感謝しろよ〜」


「ありがとう迅!でも説明無く突然連れて行くのはどうかと思うぞ」


「マジレスやめて」



嵐山隊の隊室付近まで来て、迅はぱっと掴んでいた腕を放す。此処まで来れば巻き込まれないよと言った彼を、嵐山はどこか探るような目で見つめた。それに気が付いた迅は、その光をそらすことなく見つめ返す。



「"大体"結末は変わらないって言ったな、迅」


「うん、言ったね」


「…聞いても良いか?」


「嵐山が構わないならね」



そう言われた嵐山は、その先を促すよう短く返事をした。先を見た彼はなんと言ったものかと言葉を探してから、徐にこう言うのだ。










「平たく言えば、変わらない結末は"根付さんが必ず誰かに捕まる"ってこと」






「変わるのは、

お前が居る事で"手酷く捕まる"か、
お前が居ない事で"比較的穏便に捕まる"か

って話」






「良かったね嵐山、

お前の大好きな根付さんが酷い目に遭わないで済んで」





























恋嫌いな彼女の最期の晩餐
















* * * * * * * * * *



やばいなんかリクエストと方向性違う気がする。
"主人公をねらう輩を牽制からの四人で取り合い"……に、なってたら………いいなあ…………


さてリオン様、この度は楽しいリクエストありがとうございました。私なりに満足した作品ではあるのですが、ご不満等御座いましたらお早めに連絡下されば幸いです。


しっかし部下出張りすぎたかな。地味に気に入ってるんだけど、彼…(笑)まあ彼は所詮当て馬とやらなのであーこんな奴いるんだふうんぐらいで流して下さって結構ですよ。
そういえば新作アンケートに新たに追加した選択肢が異様なほど票をのばしてるんですが、あれは単独犯ですか?それとも複数犯ですか?皆さん若干ヤンデレ入ってるくらいのがいいんでしょうか…?二日目で五十票越えたのを見た時は笑いながらびびりました。いやどっちかというと笑った。いいぞもっとやれ(笑)





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