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二次創作/夢
拙い指先で愛を探る(村上成り代わり荒船夢/メロ様)




―「置いてかないで」とは言えなかった。いつも置いていってしまっているのは自分だったから。

―「一人にしないで」とは言えなかった。いつも一人になるのは自分のせいだったから。



「荒船…っ」



だから、何も言わずに去っていく背中に声を掛けられなかった。彼の名前を呼ぶことしか出来なかった。

(いつもこうなる。きっと、私のせいだ)

恐らく、彼もまた自分を疎ましく思ったのだろう。
自分が何かをする度に皆が離れていく。それはたまらなく寂しい事で、堪え難い事だった。どうしてこうなるの。どうして私にこんな力があるの。傍にいて欲しい人が皆離れていくのに、どうしてこの力を羨ましがるの。


通路の向こうに姿を消した彼の顔は、終ぞ見ることは出来なかった。
情けなく顔が歪み、目尻から涙が溢れて止まらない。壁にもたれ掛かるようにしてうずくまった少女は、冷たい床に顔を伏せた。



「こんな…っ
こんな力、欲しくなんて無かった…!」



貴方にだけは置いて行かれたくなかった。

悲痛な少女の言葉は想い人に届くことなく、通路の床に転がって落ちる。そうして人に踏まれてぐちゃぐちゃになるのだと想像して、彼女は更に惨めな気持ちになるのだった。
























サイドエフェクトを持つ者は皆総じて高いトリオン能力を有する。この中には当然村上朔も含まれており、今ではNo.4アタッカーとして名を馳せていた。

"強化睡眠記憶"。

それが朔のサイドエフェクトの名前である。学習効率が常人よりも遥かに高く、それ故に昔から何をしても彼女は目立つ存在だった。スポーツをすればたとえ初心者でも数日後には誰も勝てなくなるし、勉強においても下手な点数を取ることも無い。彼女自身その事を不思議に思う節はあったが、ボーダーに所属するまではサイドエフェクトという名称を知る由もなかった。
集団心理とは恐ろしいもので、皆が皆足並み揃えていなければ気が済まないらしい。全てに於いて頭一つ分飛び出た彼女は憧れの的だったが、同時に妬みの対象でもあったのだ。自分の出来ないことが出来る相手に向ける言葉は、羨みよりも妬みそねみの色の方が濃い。幼さ故に飾り気のない口調で多分に罵られた朔は、自分は異常なのだと思うようになった。

ボーダーに入ってからは、違う意味で苦しむこととなる。自身の異常さがある意味ステータスになるのだと言われてから気が楽になる暇もなく、今度は簒奪者のような扱いを受けたのだ。
戦闘はセンスが物を言う。センスが無いのなら後は経験だ。様々な人と当たれば当たるほど経験は体の記憶となって動きや思考に染み着いていく。それにはある程度長い時間を要するが、朔の場合は段違いだった。人が立ち止まって何度も反芻してはやっと覚えることを、彼女は一度の睡眠でほぼ完璧にこなしてしまう。戦闘員には男性が多い事も加えて、彼女は心無い言葉で揶揄されるようになった。"人の努力を盗む女"と呼ばれていることを知った時、朔は諦めたように笑ったことを覚えている。本人も、事実だと思っていたから。


―馬鹿かお前は。そんなもん全部お前が持ってる力だ!後はお前の努力で培われたもんだろ!!胸張れ!!

―俺はお前が誰よりも長く一生懸命に訓練してるか知ってんだよ!


出会い頭に突然言われたその言葉は、朔の涙腺を決壊させた。
人知れず悩みを抱えていた少女は、いつも隠れて泣いていたのだ。誰に気付かれるでもなく、誰に探されるでもなく。一人かくれんぼをしていた泣き虫の少女は、初めて自分を見つけてくれる人に出会った。荒船哲次とはそういう人だった。


























教室に鳴り響くチャイムの音に、朔はびくりと体を揺らした。
気がつけば、もう四限は終わりを告げて昼休みに入っている。手元を確認してみると、ノートには黒板に書かれた文字が過不足なく写されていた。おかしな話だが、ぼんやりとしていても真面目に動く自分の手に彼女は感謝する。授業のペースが速い訳ではないのだが、ボーダーで任務が入ればやはり休まざるをえない。出席出来る時に真剣に取り組まねば、置いて行かれるのは必須だった。

(もうあれから一週間も話してない)

考えるのは、荒船のこと。
あの時何が引き金になったのかは分からないが、朔ははっきりと自分を拒否する彼の言葉を覚えていた。

―悪い、今お前と話したくねえ

いつも通りに話し掛けて、いつも通りに横に並んで、ただそれだけのはずだった。黙り込む荒船を見てどこか様子がおかしいと感じたが、朔が話す時彼はいつも口を開かないから気のせいだと思ったのだ。
荒船のおかげで誇りを持てるようになってから、朔はさらなる高みを目指して修練を重ねた。新たな戦術を覚えることが楽しくて仕方なくて…そういえばそんな話をした時にああいう風に遮られたんだったか。



昼食を食べる気になれなくて、頬杖をついて窓の外を眺める。生憎と空はどんよりとした雲に覆われており、彼女が望んだ日の光が差し込む隙間もなかった。

荒船にはっきりと拒否されたのは、あれが初めてだった。
思えば、今まで彼に甘えすぎていたのだろう。その証拠に朔の友人関係は荒船を中心にして展開されている。当真や犬飼、穂刈、影浦、北添。同年代の彼らは皆、荒船の紹介なしでは深く関わることも無かったはずだ。いっそ荒船という男に依存していると言っても良かった。たった一度の励ましに固執する自分がおかしいのだ。それならば、もう荒船から離れた方が良いと思った。

彼は本部所属、自分は鈴鳴支部所属。本部にさえ寄り付かなければ、高校も違う荒船とは面白い程に出会わないものである。進学校に通う彼は、勉強も出来る上に顔も良いからさぞもてるのだろう。たったの一週間、されど一週間。こんなに長い間会わなかったのは初めてで、時が経つほどに彼を遠い人に感じるのだった。

(…おかしな話だ)

一度拒否されただけで、そこまで徹底的に会わない奴があるか。そう当真に言われたのをふと思い出して、朔は一人笑う。心では荒船のため荒船のためと繰り返しているが、実際は自分のためだ。また拒絶されたら、もう駄目になってしまうと思ったのだ。つまりは、自分かわいさによる独りよがりの行為だった。それなのに勝手に寂しく思うなどと、おかしいにも程がある。



「ほんと、…勝手だ」



そう呟いて机に顔を伏せた朔は、扉から自分を窺う仲間の姿に気付かない。
昼を済ませる事なく突っ伏した彼女を見て溜め息をついた当真は、流石にやばいなと犬飼に投げかけた。それに深刻そうに返した犬飼の目には、ただ朔を心配する色が浮かんでいる。穂刈もまた同様に彼女を見つめていた。



「…あいつ、もう一週間くらい飯食ってねえぞ」


「家で食べてるかも怪しいしねえ…」



扉横の壁にもたれ掛かっていた影浦は、小さく舌打ちをして踵を返した。その背中に穂刈がおい、と声をかけると彼は気怠そうに振り向く。長い前髪の隙間から覗く瞳は鋭いが、現状に対する焦りからかその光はゆらゆらと揺れていた。



「ゾエが待ってんだよ、俺は戻る。

…もう強硬手段しかねーんじゃねえの」



それだけ言って再び歩き始めた影浦を見送り、三人は顔を見合わせる。素直じゃ無い奴だ、と彼らの表情は物語っていた。



「相変わらずだな」


「ま、それじゃ荒船さん家の哲次くんに腹くくるように連絡すっか」


「賛成〜」



呑気な口をきいているが、事態が逼迫している事は三人とも重々承知している。現に、朔の顔色は蒼白を通り越して土気色だ。いつ倒れてもおかしくないほど、彼女は精神的にも体力的にも参っていた。
何を思って荒船が彼女にそんな事を言ったのか、彼らには分からない。だが、朔が頑なに彼と会うことを拒む今、事態を打開できるのは荒船ただ一人なのだ。彼とてこのままの関係を望んではいまい。寧ろ進展させたがっていたのに、何を後退するような真似をしているのか。

何処からどう見ても両想いであるじれったい二人が幸せになることを、彼らは何よりも望むのだった。

























「悪い、今お前と話したくねえ」



そう言ってその場に朔を置き去りにしたことを、荒船はひどく後悔していた。

(…朔は悪くねえのに、当たっちまった)

荒船、と背中に掛けられた声も無視してしまった。もうしばらく会っていないのに、切ない響きを孕んだあの声が未だ耳から離れてくれない。



一週間前、彼は渦巻く感情を御しかねていた。

理由は様々であったが、彼は彼自身が抱く理想の大きさに押し潰されそうになっていたのだと、今になって思う。パーフェクトオールラウンダーを目指して日々邁進していくのだと誓ったのは、何時のことだったか。マスタークラスに到達したアタッカーからスナイパーにポジションを変更した時もいざこざはあったが、その時ばかりは彼の気持ちの問題だった。突然、漠然とした不安に襲われたのだ。

―自分はこのままのペースで本当に目指す物になれるのか。トリオン供給器官だって、いつまで保つかも分からないのに。

また、三年生という進路を決めねばならない時期でもある難しさが彼には立ちはだかっていた。ボーダー提携の大学に入るつもりではいるが、そんなに軽く決めて良いものか。将来を見据えて、もっと堅実に自分の学力も磨いておくべきではないのか。


終わりのない自問自答を繰り返していれば、それは気分も滅入るだろう。彼はぐるぐると巡る思考回路に翻弄されながら、本部の通路を歩いていた。そこに、朔がやってきたのだ。最悪のタイミングと言うほか無かった。彼女が話す内容も、彼にとっては最悪だった。
好きな奴に羨みよりも妬みを込めた言葉を吐いてしまいそうで、荒船は途端に自分が恐ろしく感じた。

―お前は良いよな、寝れば相手の技術がもう使えるんだから。

―勉強だってどうせ本気でやったこと無いんだろ?

そんな事はない。
朔が誰よりも努力していることは、俺が一番知ってる!!そうやって湧き上がる黒い思いを振り払おうとしても、次から次へと口汚い言葉が彼の頭を占拠していく。悲しませることが分かっていて、口を開く事など出来るはずもなかった。結果として、辛うじて出たのがああいうキツい言葉になってしまった訳だが。



「……ハァ」



重い溜め息が地を這う。スマートホンを見ると、開きっぱなしにしたラインのトーク画面が表示されていた。


<おい>

<お前いい加減に腹くくれ>

<朔のこと>


そこには当真からの吹き出しが縦に連なっており、自分が見た証拠として新着の文字は消えている。未だ返信は出来ないまま、彼の指は文字盤の上をさまよっていた。

(…会いてえな、朔)

ひどく傷付けてしまったであろう彼女は、一週間に渡って荒船を避け続けている。自分のもやもやした気持ちを片付けるのにさして時はかからなかったが、嫌われたかもしれないという思いから会いに行けずにいた。いや、避けられている事実からしてもう確実に嫌われているだろう。そう思うだけで、彼の指は文字一つ打つことすら出来ないのだ。


<良いんだな?>


その時ポコン、と間抜けな音を立てて画面に新たな吹き出しが現れる。それを目で追っていると、続いた言葉に彼は思わず腰を上げた。椅子と机がぶつかって派手な音を立てるが、そんな事は今はどうでもいい。


<朔が倒れても良いんだな。>

<そしたら俺らで看病すっからお前は来んなよ>


―そこには、挑発するかのような言葉と土気色の顔を半分覆って眠る朔の写真が並んでいた。































(…ボーダー行かなきゃ)

時は移り変わり放課後、今日ばかりは本部に行かねばならなかった。荒船と会う可能性は高いが、朔は前々から米屋と模擬戦をするという約束を交わしていたのだ。まさかすっぽかす訳にも行かない、そう思って重い体を動かして本部への道のりを急いだ。

(…あれ、)

―気のせいだろうか。
目の前が霞んでいるような、足も心なしか引きずっているような。そんな感覚に襲われた朔は、手の平を見て初めて体が震えている事に気がついた。ここ一週間、碌に食事をせず過ごしてきたツケが実害となって表に現れたらしい。

(でも、行かなきゃ、)

それでも、約束を反故にしたくない…せっかくの機会なんだから生かさないと。その一心で彼女は歩を進める。やっと辿り着いた地下通路の入り口をくぐってしばらく歩くと、そこで気が抜けたのか彼女はぺたりと座り込んでしまった。行かなきゃと思うのに、体は動いてくれない。

限界だった。



「朔!!!」



後ろから、会いたいけど会いたくない人の声がした気がして振り向こうとする。だが低栄養状態でも体力を保たせようと、脳は体全体に休息を取るよう指示していた。フッと遠退く意識の中、体が壁伝いに傾いていくのを感じる。

―あ、床に倒れるな。

そうぼんやりと考えていたのに、最後に感じたのは冷たく固い床の感触ではなかった。




























多少血色の良くなった頬を撫でて、朔の眠る簡易ベッドに浅く腰掛ける。点滴に繋がれた腕は多少細くなっており、たった一週間でそんな状態になってしまった事に荒船は眉をひそめた。

(俺のせいだな)

よく見てみれば、朔の目の下にはうっすらと隈も出来ている。それを優しく親指でなぞるように撫で、彼は息をついた。
彼女が起きたら、何から話そうか。まずは冷たい言葉と態度への謝罪をしようか。それから、言い訳に聞こえるかもしれなくても自身の悩みを打ち明けるか。

(きっと朔のことだから軽く許すんだろうな)

でもそれじゃあ、自分の気が済まない。一発くらい、いや何発でもいいから本気で殴って欲しい気分だった。…彼女の性格上、有り得ないことではあるが。



「…ん、」



もぞもぞと身動きをした朔の瞼がゆるゆると開く。頭上の照明に眩しそうに目を細めてから、彼女は隣に腰掛ける荒船を見た。



「やっぱり…荒船だ」



へにゃ、と力の抜けた笑みを浮かべる朔に、彼は何故か涙が出そうになるほどの安堵感を覚える。さっきまで考えていたことは全て頭から抜け落ちて、今は愛しい彼女しか見えていなかった。



「…やっぱりって何だよ」


「支えてくれただろ」



一週間の隔たりなど嘘のような雰囲気に内心戸惑いつつ、荒船は下におろしていた足をベッドに乗せて朔の横に寝そべる。枕に散らばる色素の薄い髪の毛を撫でながら再び瞼を下ろした彼女を眺めていると、目の前にある小さな唇が動いているのに気がついた。



「―…」


「どうした、」


「…あらふね」


その響きに、彼はハッとする。
あの時無視した声音と、同じような切なさを孕んでいたからだった。



「…あいたかった」



ぽつりと零された本音は何よりも深く彼の心を抉る。今度こそ、荒船は涙を止めることは出来なかった。



「…っ」


「荒船?…泣いてるのか?」



不用意な言葉で傷付けたのに、彼女は自分に会いたいと思ってくれていた。それが嬉しくてたまらなくて、彼は思わず目の前の華奢な体を抱き締めて泣いた。どうして涙が流れるのか、彼自身分からない。だが、温かい気持ちが胸を満たしているのは確かだった。



「…朔、好きだ」



きっと、二人の間には言葉が足りなかった。心地よい雰囲気に満足をして、互いに思いの丈をぶつけ合うことがなかったのだ。

(俺たちは、色々話をしなきゃ駄目なタイプなんだろうな)

柔らかな頬を両手で包んで目を合わせる。荒船の言葉に半ば呆然としていた朔は、暫くしてひどく綺麗に微笑んで笑った。そして自らの手を荒船の手に重ね、彼と同じように涙する。


「私も、好きだ」



額を擦り合わせて、二人で泣きながら笑った。






たくさん話をしよう。
もう二度とすれ違わないように、僕らは互いを深く知るべきだ。不器用な僕らは、きっとそこからなら上手くいくだろう。





―それじゃあ手始めに、恋人同士のキスをしようか。





























拙い指先で愛を探る















* * * * * * * *




なっ長くなりすぎたァァ


メロ様、リクエストありがとうございました…!村上成り代わり、中々に難しゅうございましたな!気に入らないなどのご意見ございましたら、お早めに連絡御願いいたします!!


しっかし遠回りしまくってんなこのカップル…最早くっつく前から倦怠期のカップル臭するやんけ……熟年夫婦かよ!!!!!!!!



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